本研究の目的は、有体物の所有権を想定して発展して来た財産権論と情報財の私法による規律について基礎理論的な分析を行うことである。所期の目的を達成するため、前年度までは著作権法を中心とした検討を行い、表現の自由との調整という視点を所有権との相違として指摘した。 もっとも、表現の自由との調整という観点は、民法上の人格権についても定型的に行われている。また、著作権法の規定する権利としては著作者人格権も重要なものであり、これと一般人格権との対比も課題として残されている。 そこで、本年度は、主として民法の一般法理との接合可能性を探るため、プライバシーをはじめとする人格権について検討を行い、その成果を公表した。プライバシー権の内容については、民法と憲法の両分野に亘って議論が継続されており、①平穏生活権説、②自己情報コントロール権説、③自己決定権説、④評価からの自由説、⑤自己イメージコントロール権説などのさまざまな見解が主張されており、未だに統一を見ていない。このような議論状況に鑑み、プライバシー侵害の三要件(①私事性、②秘匿性、③非公知性)を示した「宴のあと」事件判決その他の下級審裁判例と利益衡量によって不法行為(差止め)の成否を判断する最高裁判例との立場(総合考慮説)を対比し、前者の立場では問題とされる情報の属性が権利侵害要件として要求されるのに対して、後者では情報の属性は総合考慮の考慮要素の一つに過ぎないという相違を明らかにした。このため、判例の立場は個人情報のような非センシティブ情報への拡張が図りやすいものの、法的明確性、法的安定性には問題を残すおそれがある。このような展開は、著作権法における引用権の適用について知財高裁が総合考慮説を採っていることと軌を一にしており、情報を公開する利益と秘匿する利益の衡量に関して両法領域に共通の判断枠組みがあるとの見通しを得た。
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