18世紀ヨーロッパの国際秩序を構想した政治思想家として、ベンサムはカントと並んで、啓蒙思想の代表的存在であると言ってよい。両者はいずれも、トランスナショナルな視点から、国家間の通商の深化が習俗を穏和化させる政治的効果を有すること、デモクラシーと平和には相互的な関連があること、さらには、主権国家を前提としつつも、国際連盟を彷彿とさせる超国家的組織の創設を提案するなど、類似した構想を展開している。こうした構想は、18世紀ヨーロッパの啓蒙思想家において、一定程度共有されていたものでもあった。 しかし、国家の市民に対する処遇をめぐって、ベンサムには同時に、カントとは鋭く一線を画す議論が見られる。それが、「人間の尊厳」をめぐる両者の態度である。言うまでもなく、カントの国際秩序構想の根底には「人間の尊厳」の思想があるが、ベンサムはあくまで、「人間の尊厳」に対しては批判的であった。このようなベンサムの態度については、J.S.ミルがそうであったように、彼が人間の人格や良心の重大さを捉え損ねているとする批判も多い。だが、ベンサムはそもそもなぜ、「人間の尊厳」について批判的であったのか。また、そうした彼の批判的意識は、国家の市民に対する処遇をめぐって、ベンサムの構想に「人間の尊厳」の思想とは異なるどのような影響を及ぼしているのか。まずはベンサム自身の問題意識に沿って彼の「人間の尊厳」批判にアプローチしてみることが重要であろう。本年度はこうした関心に基づいて、ベンサムの国際秩序構想の根底にある「人間の尊厳」に対する批判とそれに基づく制度構想に焦点を当て、カントとの相違を浮き彫りにすることを試みた。
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