本研究は、中国が諸外国の関係において台湾問題をめぐる「一つの中国」コンセンサスを形成し、それに伴い対台湾政策を「武力解放」から「平和統一」へと転換させる過程を論じる国際政治史研究である。本研究の軸となるのは、西側諸国との関係のなかでも最も重要視された米国との国交正常化交渉を、中国外交の視点から再検討することである。しかし、そのことにとどまらず、中国と主要な西側諸国との国交正常化交渉と対米交渉の相互連関についてもさらに考察を深めていく必要がある。また、この時代の中国外交文書が公開される見通しが全く立たない状況下においては、米国よりも先に中国と国交正常化をした旧西側諸国の外交文書から、中国が対米交渉を頂点とする一連の西側諸国との台湾問題をめぐる交渉をどのように進めようとしていたのかを読み解く方法も有効なのではないかと考えている。 こうした理解に基づき、令和元年度は当該時期の米国および台湾の対中政策に関する外交文書を読み続けることと並行して、西側諸国と中国の交渉についても分析を続けた。そのうち、中国とベルギー 、中国とオランダとの国交正常化交渉について、ベルギー 外務省公文書館およびオランダ国立公文書館を訪れ、史料調査を行なった。また、日中国交正常化前後の日中台関係については、法政大学にてワークショップ「経済外交と東アジア地域秩序--1970年代の日本と台湾」を開催し、日本、中国、台湾の専門家と情報交換および議論を行い、知見を深めた。 上記に加え、令和元年度は米中台関係がそのパワーバランスの変化に伴い不安定化するなかで、台湾で総統選挙が行われた一年であった。中国の対台湾政策や台湾の国際社会における位置づけなどに関する論評を複数書くなかで、1970年代から1980年代にかけて「一つの中国」コンセンサスが形成されたという本研究の枠組みについても再考することが多々あった。
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