本研究の目的は、2011年の「アラブの春」に端を発するリビアとシリアの内戦・人道危機に対して、イギリスの対応が介入/不介入(あるいは介入の遅れ)という対照的な形に分かれた理由を明らかにすることである。言い換えれば、人道的介入に関するイギリスの政策決定過程を描くことが本研究の主要課題である。 近年の人道的介入研究は、2000年代に登場した新しい概念、規範である「保護する責任」を中心に議論を組み立てるものが多い。しかし本研究では、それを相対化して別の理論枠組みを模索した。なぜなら、介入事例の実態を見る限り、介入を主導する諸大国の政策決定において「保護する責任」が大きな意味をもつとは思われないからである。そこで新たに有用な枠組みになると考えたのが、英国学派の「大国による管理」という概念である。すなわち、主権平等を基本原則とする国際社会において、一部の大国が特別な責任を負って諸問題に取り組むことがひとつの「制度」として存在するのである。この観点からすれば、人道的介入は特殊な例外事象ではなく、国際社会の制度の実践として位置づけられる。実際、イギリス外交において大国としての意識や立場は重要な要素である。また、人道的介入をそのように捉えると、シリア介入のような対テロ戦争の側面をあわせもつ複雑な事例も無理なく分析の射程に入れられる。 この枠組みにより、リビアとシリアの2事例におけるイギリスの政策決定過程を的確に描き分けることができる。そして、その背景に見えてくるのは、イギリスを含む西洋の諸大国の側で紛争解決への意欲と能力が低下している現実である。つまり2事例は「大国による管理」の機能低下を示唆している。以上のように、本研究では「大国による管理」の観点からイギリスの政策決定過程の核心に迫ることができ、それに関連する国際政治の重要な動向も捉えることができた。
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