本研究の目的は、経済主体が形成する期待の特徴と、期待とマクロ経済変数の相互依存関係を分析することである。近年、経済主体が形成する期待に対する関心が高まっている。背景には、「非伝統的な金融政策運営」がある。短期金利がゼロ%近傍まで低下する中、先進国の主要中央銀行は、近年、経済主体の期待に働きかけることで緩和効果を得ようとする「非伝統的な金融政策」を採用している。しかし、経済主体が形成する期待に関しては十分に研究が蓄積されているとは言い難い。それは「期待」が観察できないからである。そこで本研究では、期待に関するサーベイデータ、及び金融商品の価格に織り込まれた情報を活用し、経済主体が形成する期待の特徴とマクロ経済動学の関係を分析すること目的としている。本年度は、日本のインフレ予想に関するサーベイデータを用いて、インフレ予想が経済主体間でばらつく現象とその背景について分析した上で、インフレ予想のばらつきが金融政策に与える含意を考察し、以下の三点を明らかにした。第一に、インフレ予想の横断面(クロス・セクション)のばらつきは、情報の硬直性によって説明可能であった。第二に、長期のインフレ予想は中央銀行と民間経済主体の間で不一致が生じていた。2013年1月に2%の物価安定の目標が設定されて以降、家計による短中期のインフレ予想は2%に向けて徐々に近づく一方、長期のインフレ予想は2%に収れんしておらず、むしろ予想のばらつきの程度は拡大していた。第三に、経済主体の金融政策に対する見方は、2013年4月に導入された質的・量的金融緩和の前後で劇的には変化していなかった。この結果は、政策レジームの変化の度合いが、日本経済を慢性的なデフレーションから脱却させるほどには大きくなかった可能性を示唆している。
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