2000年代に高齢化が進んでいるにもかかわらず、所得格差の増加が見られなかった原因にせまるため、高齢者の所得構造の分析、特に、在職老齢年金制度の分析を行った。在職老齢年金制度により、厚生年金加入義務のある60歳代前半の男性年金受給者は年金支給額を20%減額されていたが、2005年の改正によりその減額がなされなくなった。その制度改正の効果を、国民生活基礎調査の2004年調査と2007年調査を使って、60歳代前半をトリートメントグループ、50代後半または60代後半をコントロールグループとしたDIDにて推定した。推定の結果によると、60歳代前半では、労働を選択するものは増加しておらず、厚生年金加入義務のない非正規就労を選択するものから厚生年金加入義務のある正規就労への転換が5-8%程度増加したという理論モデルと整合性のある結果を得られた。また、同様のDIDにて労働時間選択の分析も合わせて行ったところ、60歳代前半への総労働供給時間の増加への効果は見られなかった。これは、この制度改正がもともと正規就労を選択していたものへの余暇(労働)時間選択に対して所得効果をもたらし、その彼らに対する労働時間減少の効果が非正規から正規へと転換した者たちの労働時間増加の効果と打ち消しあった結果であると考えられる。したがって、この制度改正は60代前半全体への年金支給額を増加させたものの、労働供給を増加させる効果は見られなかった。
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