平成28年度は,前年度に構築した労働者・企業マッチデータの分析結果をまとめ,当初の計画通り,都市賃金プレミアムに関する論文を2本執筆した.そして,日本経済学会,アジア地域科学セミナー,北米地域学会(NARSC),応用地域学会等の国内外の学会・研究会で研究報告を行った.様々なコメントを反映することで,論文の質を改善することができた.研究成果となる論文は,(独)経済産業研究所のディスカッションペーパーとして公表しており,自由にアクセス可能となっている. 本研究によって明らかになったことは下記の通りである.最も重要なこととして,集積の経済が賃金上昇をもたらすとしても、企業の全要素生産性向上だけがその要因ではないことを明らかにした.伝統的な解釈として,集積の経済が企業の全要素生産性を上昇させる結果,平均的に大都市ほど賃金が高いという解釈が行われているが,その理解とは異なる実証結果を得ている.このような識別は労働者・企業マッチデータを用いることで検証可能となった. 上記の実証結果は,集積の経済が賃金上昇をもたらすには他にも様々な要因が存在していることを示唆している.そこで,さらに分析を進めた結果,近年の先行研究でも指摘されたように,大都市で働くことから得られる技能習得が影響していることが明らかになった.大都市で長期的に働くことを通じて労働者個人の能力が上昇し,その結果として大都市における賃金上昇につながっている可能性が高いことがわかった. また本研究の結果は,企業単位の全要素生産性の向上が賃金(特に基本給)上昇には十分つながらないという重要な政策的含意を示している.賃金上昇には個々の労働者の能力向上がより重要であり,集積の経済はそれを支える役割を果たしている.上記のメカニズムが明らかになったことで,今後の政策立案に大きく寄与することが期待される.
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