経営者予想利益(決算短信における予想利益)のラチェット効果の検証では、経営者予想利益が役員賞与(経営者報酬)を決定する上での利益ベンチマークであることが前提となる。しかし、利益ベンチマークとしては、経営者予想利益、前期利益、ゼロ利益(利益額がゼロ)以外に、産業利益平均が考えられる。そこで、本年度の研究では、産業利益平均も含めて、実績利益が利益ベンチマークを下回った場合に、役員賞与が減額されるという形で経営者にインセンティブが付与されているかどうかを検証した。分析の結果、実績利益が産業利益平均を下回る場合には役員賞与が減少する傾向は見出せなかった。また、経営者予想利益が役員賞与を決定する上でのベンチマークであることも、改めて確認された。 加えて、次期の経営者予想利益として、期首予想ではなく最終予想を用いた場合も、経営者のインセンティブを引き出すために、当期の収益性が高い企業では、経営者予想利益のラチェットを見越して、次期の経営者予想利益を達成しやすい水準に設定していることが判明した。 以上の検証を踏まえ、裁量前(報告利益管理前)の利益が一時的に上昇した企業では、ラチェット効果による次期の経営者予想利益の上昇を防ぐために、利益減少型の報告利益管理を行っているかどうかを検証した。検証の結果、一時的な利益を計上した企業では、裁量的発生項目額が平均して負であり、利益減少型の報告利益管理を行っていることが判明した。また、一時的な利益を計上し、利益減少型の報告利益管理を行う場合、次期の経営者予想利益が達成しやすい低い水準になっていることが判明した。これらのことから、経営者予想利益のラチェット効果が、利益減少型の報告利益管理の要因である可能性が見出された。さらに、追加的な検証では、経営者予想利益を上方修正する「期待マネジメント」も報告利益管理と共に行われていることが明らかとなった。
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