本研究は,上場企業の会計監査人(以下,監査人)の交代に係る諸制度のなかでも我が国独自の開示に対して焦点を当て,理論研究,実証分析および事例研究を通じて新たな知見を導出し,監査人の交代に係る開示制度の設計や実務上の審査実施時の検討事項の提示に貢献することを課題とした。 本年度における実証研究では,前年度に引き続き中小監査事務所に当てた実証研究を行い,クライアントのビジネス・リスクが高いほど相対的に監査品質の低さが問題となっている中小監査事務所の監査を受ける傾向にあるという前年度の実証結果について,追加検証を行った上で論文に取りまとめた。また,事例研究については,監査人後退時に提出される臨時報告書において退任監査人の意見が開示された8ケースをFlyvbjerg [2001]における先端(Extreme/deviant)ケースと捉え,外部データを分析することにより検証を行った。その結果,臨時報告書において退任監査人の意見が付された被監査企業は,合併に伴う交代のケースを除けばその後すべて財務的困窮状態に陥っており,さらにその多くが上場廃止に至っていることが明らかになった。これは,本来監査人の独立性保持・不当な圧力の抑制のために制定された退任監査人の意見開示制度が,実務上は投資家への情報提供の役割も担っており,臨時報告書における退任監査人の意見それ自体が投資家にとっては強烈なred flagとなっている可能性を示唆していると考えられる。 加えて,米国および日本におけるベンチャー企業の創業家経営者による会計不正および不適切会計と監査人の交代に係る事例研究も実施した。当該事例研究については,監査の奏功したケースと,そうでないケースの記述的研究を行うことにより,現状に関する考察と現実認識に基づく論点の発見・提起を行っている。
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