研究課題/領域番号 |
15K17182
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研究機関 | 明治学院大学 |
研究代表者 |
安井 大輔 明治学院大学, 社会学部, 講師 (90722348)
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研究期間 (年度) |
2015-04-01 – 2019-03-31
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キーワード | 食文化 / ユネスコ / 無形文化遺産 / 日本 / 伝統 / ナショナリズム / エスニシティ / 倫理 |
研究実績の概要 |
本研究は、日本の「伝統的な食文化」とされる和食を対象に、その食文化の保護・継承を推進する諸アクターの実態を明らかにすることを通じ、和食をめぐる運動が何を導くのかを検討し、食を文化遺産化する現代世界の集合的な意思を解き明かすものである。 2010年代より全世界的に食を「文化」としてグローバルな世界の遺産と化していく潮流が強まり、ナショナル、リージョナルな諸次元において特色ある食を評価し保全もしくは復活させようという運動が積極的に展開されている。この流れはそれまで政策の対象外だった食を、国家が国民の教育や健康、または観光のための資源として動員する過程としてとらえられうる。しかしながら、私的な嗜好としての側面も強い食の文化遺産化を単に国家による動員過程としてとらえるだけでは一面的である。食を公共圏と親密圏の錯綜する領域として社会学的にみるには、アクターの相互作用で揺れる動態を見極める必要がある。 ゆえに本研究は「和食」を抽象的な概念と具体的な実践から考察すべく、和食が保護されるべき「伝統文化」として定式化される概念の言説分析と、保護・継承のための活動が行われている実践のフィールド調査をおこなった。定義がゆるやかなまま流通する和食と個々の料理として具現化される和食という「和食」をめぐる概念と実践の相互関係分析を通して、国際的な動向と国内の諸活動の連関によりいかなる和食像が形成されるのかを明らかにする。 2017年度は、前年度までに収集した資料やデータを整理・分析したものを各種研究会で口頭発表し、そこで得られたコメントやディスカッションに基づき考察を加え、学術雑誌への論文投稿および研究書の分担執筆をおこなった。こうした成果とともに、これまでの研究活動で形成された食や農に関する研究ネットワークを通じて依頼された、エスニシティや食に関する教科書の執筆や一般向けの講演活動をおこなった。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
前年度までに収集してきた文書資料、和食実践の観察および関係者へのインタビューデータに対して分析を加えたものを各種研究会で報告する機会が得られ、そこでの質疑応答のやり取りを元に執筆した論文を学術雑誌に掲載することができた。本研究の成果として執筆した論文「食文化の「型」―文化遺産としての「和食」」は、さいわい農と食を専門とする社会学者や倫理学者らに好意的に評価され、共同研究会に参加を許された。そこでの報告へのコメントをもとに改稿された論考は研究会の成果である『農と食の新しい倫理』に収録された。本書は2018年5月に昭和堂より出版されたが、専門的な内容でありながらも食や農に関心ある学術関係者以外の層にも読者を得られている。 また本研究を進めていくなかで学術内外で食や文化に関する研究者や社会実践家たちと知遇を得ることができた。そのなかで本研究に関心を示していただけた研究コミュニティから食科学についての教科書や各種メディアへの寄稿にお誘いいただき、そのうちいくつかは最終年度に刊行することができた。さらには食の社会学という日本ではまだ未発達の研究領域を、講演やワークショップのかたちで一般向けに発信する機会もあり、社会科学の専門家集団内における研究の進展のみならず、その成果を広く社会に還元することができた。これらのアウトリーチ的実践は当初の計画にはなかったことではあるが、計画に沿った研究実績をアカデミア外部にも波及できたという点で進展ととらえてもよいと思われる。
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今後の研究の推進方策 |
本年が研究プロジェクトの最終年度であるが、日本ではまだ未発達である食の社会学を発展させるため、研究過程で形成されたネットワークを今後も継続していきたい。 また本研究はユネスコ無形文化遺産としての「和食」文化をめぐる研究プロジェクトであり、主に日本国内での調査に基づくものであった。しかしながら、食の文化遺産化は世界各地で進行している現象であり、日本食の位置づけはグローバルな潮流のただなかにおいても考えられなければならない。本研究においても、文化遺産化が先行するヨーロッパ、特にフランスの官公庁や有識者団体の動向は調査したものの、世界的なWashokuブームを担っているのは行政だけでなく日本食材メーカーや海外現地飲食店など民間アクターである。なかでも日本食の広がりは東アジア・東南アジアにおける発展が著しい。それゆえ、日本食をめぐる国際的な力学を社会学的研究としてさらに発展させるには、本研究で得られた知見をアジア各国における現地の具体的な調査データとつき合わせて比較分析する作業が必要となる。とはいえ地域・国家間の比較調査については個人研究では限界もあり、志を同じくする研究者たちとの協力が不可欠である。今後こうした研究を進めるために、国際的な共同研究も視野に入れて、今後の研究推進の計画を練って行く予定である。 そして、研究代表者は食の研究レビュー集『フードスタディーズ・ガイドブック』を人文社会科学の多分野にわたる若手研究者たちと編纂している。この書評集には、本研究をもとにした論考も収められる予定であり、自身の論考自体は提出済みであるものの、他の評者の書評や論考の内容をふまえて原稿を改良していく必要がある。それにあわせて全体の編集作業を進める。よって2018年度に原稿の改稿作業を進めると同時に、共同研究者たちとの最終的な校正作業をおこない、年度内に本書を刊行する予定である。
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次年度使用額が生じた理由 |
研究プロジェクト遂行のための資料はおおむね順調に収集されており、年次計画通りに最終年度以内に研究成果を、論文とならび書籍の形でも出版される予定で原稿の執筆を進めていた。だが、出版担当の出版社が他社出版社と合併することとなり、担当編集者の異動や編集業務の一時停止が生じた。それゆえ出版に向けた会議を当初の予定期間に開催できず、また編集作業の進捗に遅れが発生したため当初の予算を執行することができず、会議のための旅費、校正作業費用などを次年度に持ち越すこととなった。さいわい出版社の合併や編集者の引き継ぎなども無事に完了したので、これらの予算は次年度内に執行される予定である。
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備考 |
編著論文:「第4章 食と社会学―食べるモノ・コトからみる社会」朝倉敏夫・井澤裕司・新村猛・和田有史編『食科学入門―食の総合的理解のために』昭和堂, 59-75/「第6章 食文化の「型」―文化遺産としての「和食」」秋津元輝・佐藤洋一郎・竹之内裕文編『農と食の新しい倫理』昭和堂, 145-170 教科書:「人種とエスニシティ」『社会学科コース演習テキスト』明治学院大学社会学部社会学科, 198-210
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