研究課題/領域番号 |
15K17209
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研究機関 | 福岡工業大学 |
研究代表者 |
宇田 和子 福岡工業大学, 社会環境学部, 助教 (90733551)
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研究期間 (年度) |
2015-04-01 – 2018-03-31
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キーワード | 化学物質過敏症 / 環境被害 / 公害 / 社会的孤立 |
研究実績の概要 |
まず、「化学物質過敏症の病いの経験と政策に関する社会学的研究」では、これまでの研究の進捗状況についてまとめ、文献のデータベース化によって明らかになったCS研究の年代ごとのレビューを簡単に行った。これは一般市民向けに科研費を用いた研究の紹介を行うための小文である。 次に、世界社会学会フォーラムにおける口頭報告「Isolated Illness: Characteristics and Issues of Multiple Chemical Sensitivity」では、既存の量的データを参照しながら、日本のCS患者が日常生活において抱える困難を5つに区分した。それらはいずれも、家族、医師、職場や学校、自分以外の患者という他者との関係構築において現れるものであり、社会生活において孤立感を覚えている患者が多かった。したがって、従来の研究で提示されている「包括的な環境管理」のみではCS問題の解決策として不十分であり、周囲との関係回復による孤立の解消も含めて捉えるべきである。本報告は、規制行政と車の両輪となる解決策の必要性を示したという点で重要である。 最後に、国内のシンポジウムにおける招待講演「なぜ被害者は被害を訴え続けなければならないのか」「油症被害をどう補償できるのか」および「食品公害の被害と補償問題」では、本研究課題にとっての準拠枠組みを提供するカネミ油症の被害と補償問題について報告を行った。いずれの報告も、食品公害、薬害、そしてCSを含んだ環境病が、当事者の問題認識や対処の根拠法、所管部局が異なるとしても、生活の復元のために適切な制度を備えていない点では共通していることを指摘した。本報告は、各事例の共通点と差異を改めて確認するにあたって意義があったと思われる。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
今年度は、昨年度ほとんど実施することのできなかった化学物質過敏症(CS)患者への聞き取り調査に重点的に取り組み、昨年度の遅れを取り戻すことができた。 大阪のクリニックで行われた「CS勉強会」に参加したのをきっかけに、関西地方の複数の患者から調査への協力を得られた。「軽症である」と自称する患者らの語りからは、CSがもたらす社会的孤立にもグラデーションがあることがわかった。また、従来の被害者運動に見られるような被害の救済や承認を求めるような動きよりも、むしろなにごともない「普通の市民」として波風を立てずに生活すべく、社会生活のさまざまな面で我慢や忍耐を重ねていることもわかった。病気に対する理解が低すぎると、患者であることの承認や化学物質に暴露されないための対処の要求よりも、「逸脱していないこと」の承認が求められるようである。 成果の発信としては、世界社会学会フォーラムで報告を行った。アジアの研究者にとって本事例が新鮮なものであるのに対して、ヨーロッパの研究者にとっては相対的に既知の問題であるようだった。それだけに、フェミニズムの視点からの指摘や、新たな文献や映像資料に関する情報提供を受けることができた。 また、各シンポジウムにおける報告では、「公害」概念の限定性を改めて発見した。CS問題を理解するためには、いわゆる「公害病」「環境病」に限らず、現在よりもそのリスクが認識されていなかった時代における各種アレルギーや、医療化されていても認知度の低さゆえに病者として承認されない低認知の病なども参照することが必要だろう。
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今後の研究の推進方策 |
次年度は、さらに患者への聞き取り調査を進める。患者家族や医師、弁護士、自治体職員にも聞き取りの範囲を広げていく。 最終年度であるため、これまでの成果を論文にまとめて発表する。学術論文とは異なる方法、たとえばインターネット上での簡潔な情報発信や小冊子の作成といった方法による成果の発信についても検討する。
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