平成28年度は,視知覚による判断と運動制御を用いた判断において,境界拡張現象の生起内容が異なるという平成27年度の結果について,視覚系と運動系において参照する座標系の違いが結果の差異を生じさせるという仮定のもと,物体中心座標系と自己中心座標系の異なる座標系における位置移動が境界拡張現象の生起内容に及ぼす効果を検討した. 一連の実験では,記銘画像と再認画像の呈示位置を操作し,両画像間に位置移動が生じる条件を設定した.その際,自己中心座標系での位置移動はないが,物体中心座標系での位置移動が生じる物体中心移動条件と,物体中心座標系での位置移動はないが,自己中心座標系での位置移動が生じる自己中心移動条件とを設けた.そのうえで,運動制御を用いた判断(運動課題)と知覚のみによる判断(視覚課題)を用いて知覚された境界位置を測定した.また,呈示画像内のオブジェクトの大きさ判断と位置判断に対しても,異なる座標系での位置移動の効果を検討した. その結果,運動課題では両座標移動条件で移動距離が大きくなるにつれ知覚される境界が広がる傾向がみられたが,視覚課題では移動距離にかかわらず,知覚された境界は一定であった.また,オブジェクトの位置移動は,どちらの課題においてもオブジェクトの大きさ判断を変化させなかったが,物体中心座標における位置移動は,視覚課題での位置判断を不正確にした.このことから情景の境界位置とオブジェクトの大きさは別々に処理される可能性が示された.また,情景の境界位置やオブジェクトの大きさを判断する際には,境界内にオブジェクトが配置された統合された表象ではなく,異なる表象が用いられているものと考えられた.加えて,視覚系は物体中心座標に基づいてオブジェクトの位置判断を行うのに対し,運動系はオブジェクトの位置判断に際し,自己中心座標と物体中心座標の両方を参照できる可能性が示された.
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