本研究は、磁性体の電子・磁気状態の詳細な解析を可能にする、磁場印加中試料その場光電子分光測定技術の開発を行うことを目的としている。一般に光電子分光測定では、試料への外部磁場印加が困難であり、これまで磁性材料への適用は積極的に行われてこなかった。これは試料に外部磁場を印加すると、漏洩磁場により光電子がローレンツ偏向を受け、運動量が保存できなくなる、計測自体が困難である問題があるためである。昨年度、巨大な磁化を有する着磁済みネオジム磁石のHAXPES測定に成功し、漏洩磁場の遮蔽において磁気回路の有用性を確認したのを受け、本年度は、磁気回路と試料着磁用電磁石を組み合わせることにより、任意試料に対する磁場印加中その場HAXPES測定技術の確立を目指した。最大0.5 Tの磁場印加が可能な磁気回路サンプルホルダーを作製し、未着磁(熱消磁状態)のネオジム磁石に対し測定を行ったが、漏洩磁場により0.07 T以上での光電子検出が不可能であった。これは試料であるネオジム磁石の比透磁率がほぼ1であること、また、大きな磁場を発生させるためにサンプルホルダーが複雑な形状になってしまい、凹凸から漏洩磁場が発生しやすい状況であることが原因と考えた。そこで、一般に透磁率が高い磁性多層膜にターゲットを絞り、また、磁気回路の形状をシンプルで磁場の閉じ込めにおいて最も効率的なリング形状にし、測定を行った。着磁には表面磁束密度0.4 Tの永久磁石を用いた。その結果、Fe/Pt/Fe多層膜において、光電子放出に対する漏洩磁場の影響があるものの、補正電場を印加することにより角度分解HAXPES、および、その磁気円二色性(MCD)測定に成功した。つまり、本研究により0.4 Tの磁場印加下において磁性多層膜の深さ約20 nmまでの元素・磁化分布解析を可能にした。この内容について学会発表し、現在、論文を2本執筆中である。
|