Gromovは距離空間に対して,測地線三角形が痩せている,という条件により,今日ではGromov双曲空間と呼ばれる測地的距離空間のクラスを導入した.このクラスの著しい特徴は,擬等長同型で閉じている,という性質である.これは,擬測地線分は必ずその端点を結ぶ測地線のある近傍に含まれる,というMorseの補題の帰結である.しかしこのクラスは直積で閉じていない.二次元ユークリッド空間が双曲的ではない,というのが理由である. また,CAT(0)空間やより一般にBusemann空間は,非正曲率リーマン多様体の距離空間への一般化である.このクラスは直積で閉じているが,擬等長同型では閉じていない.Gromov双曲空間が負曲率リーマン多様体の粗幾何学に於ける対応物であることが広く認識されている一方で,これらの空間が非正曲率空間リーマン多様体の粗幾何学に於ける対応物と見なされていないのは,擬等長同型で閉じていない為である. 尾國氏との共同研究で,Busemann空間が持つ距離関数の測地線に沿った「凸性」に着目し,粗凸空間というクラスを導入した.このクラスは擬等長同型と直積の両方で閉じており,かつ上述のGromov双曲空間とCAT(0)空間,Busemann空間を含む.更に,シストーリック複体と呼ばれる非正曲率空間の性質を持つ単体複体のクラスも含む.このような特徴を備え,かつ後述する粗Baum-Connes予想が成立する距離空間のクラスは粗凸空間が最初である. 我々はこの粗凸空間に,擬測地光線の同値類として理想境界を導入した.更に境界上に適切な距離を構成した.これにより境界上の開錘から元の空間への指数写像を構成し,それが粗ホモトピー同値写像であることを示した.この結果にHigson-Roeの理論を合わせることにより,粗凸空間に対して粗Baum-Connes予想が成立することを示すことができた.
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