申請者は、曲率の下限を用いた幾何解析に興味がある。近年、最適輸送理論から導かれる確率測度のなす空間上の距離の幾何であるWasserstein幾何を介することで、熱流の大域挙動と密接に関わるリッチ曲率の下限の条件は、リーマン多様体から微分構造を持たない測度距離空間に拡張された。この定式化において、熱流の状態を表す相対エントロピーのWasserstein幾何に関する凸性が中心的役割を果たす。さらにこの相対エントロピーの凸性は、ユークリッド空間の熱流における対数凹性の保存則を導く。ユークリッド空間の熱流における対数凹性の保存則そのものはH.J.BrascampとE.H.Liebが1976年に打ち出した不等式から従い、それ以来、対数凹性は熱流の漸近解析や形状解析などの大域解析の軸となっていた。しかし申請者は東京大学の石毛和弘氏とフィレンツェ大学のPaolo Salani氏との共著にて、ユークリッド空間の熱流が保つ凹性の中で最も強い凹性が対数凹性ではないことを証明し、さらに最強の凹性が何であるかを決定した。この最強の凹性を我々は2-対数凹性と呼ぶ。 2-対数凹性を特徴付ける関数は対数関数の一般化であるため、情報幾何の対数関数を基幹とした既存の理論はこの関数を用いて一般化できることが見込める。また一般の関数の凸性に対する局所的性質と大域的性質の同値性は、熱流の保存則を逆に辿り、Brascamp・Lieb不等式に対応する熱流の保存則を導く不等式や、この不等式を導くエントロピーの凸性の導出可能性を示唆する。さらにこれらの2-対数凹性に付随する情報幾何の理論とエンロトピーの凸性は相性が良く、融合できることが大いに期待できる。 このように本年は、最適輸送理論と情報幾何の融合に貢献することができた。
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