研究課題/領域番号 |
15K17554
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研究機関 | 神戸大学 |
研究代表者 |
梶野 直孝 神戸大学, 理学(系)研究科(研究院), 准教授 (90700352)
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研究期間 (年度) |
2015-04-01 – 2018-03-31
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キーワード | フラクタル / Apollonian gasket / 測度論的リーマン構造 / ラプラシアン / 固有値漸近挙動 / 拡散過程 |
研究実績の概要 |
平成27年度は,互いに接する円弧の成す3角形から得られる古典的なフラクタルであるApollonian gasketについて重要な手掛かりが年度当初に得られたことから,主にこの例におけるラプラシアンの解析について研究を行った.この例に対してはTeplayev (2004)の結果により標準的な「測度論的リーマン構造」が定まることが知られており,Apollonian gasketの自然なフラクタル的幾何構造と「多様体的な」解析学とが結びつく重要な例として注目されていた. この「測度論的リーマン構造」については具体的記述をはじめとした詳細な性質の解析は全くなされていなかったが,筆者はこれを具体的に記述し,それを足掛かりとしてラプラシアンの自己共役作用素としての構成や対応する拡散過程の存在などの基本的な事実,およびラプラシアンの固有値のWeyl型漸近挙動を証明した.最後の結果は「固有値漸近挙動にはHausdorff測度が自然に現れ,さらにそれがラプラシアンを定める体積測度と互いに特異である」ことを証明したというものであるが,このような現象は他には調和Sierpinski gasketというフラクタルの場合にしか知られておらず,本結果は同様の現象を示す新たな一例を提示しており重要である. なおこの研究の過程で,円の詰め込みにより得られるフラクタルにおける「測度論的リーマン構造」をどう定めるべきかについても見当を付けることができたため,そのような範疇のフラクタルへの一般化を今後の課題として見込んでいる.またこの研究結果については,平成27年9月7~11日に京都大学で行われた国際研究集会``Stochastic Analysis''における招待講演をはじめとして各地で講演を行った.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
「研究実績の概要」に記したApollonian gasket上の測度論的リーマン構造に対するラプラシアンの話題については,既存の研究の少なさに鑑みると研究の進展は困難であろうと予想されたため,満足のいく研究結果が得られるとは研究計画調書の作成時点においては期待していなかった.そのような話題で興味深い研究結果が得られ,さらには円の詰め込みにより得られるフラクタルという広い範疇への一般化の可能性まで見出だすことができたのは予想外に大きな進展であり,この点で研究は順調に進んでいると評価してよいと思われる. 一方,直近の具体的な研究課題として元々想定していた,自己相似フラクタル上の熱核の詳細な短時間漸近挙動,流体力学極限による偏微分方程式の基礎付け,Liouville Brown運動の解析などの課題については,研究集会への出席などを通して情報収集に努めてはいるものの,詳細な研究を自ら行う時間は取れておらず,満足できる研究結果を得るには至っていない.このうち1つ目の課題については当初の想定通りの方針で解決できるはずだという感触を持っているが,他の課題については必ずしもそうではないかもしれないというのが現時点での印象であり,今後十分な時間を割いて研究したとしても研究の進展が予想より滞ることは十分考えられる.この点では,当初想定していた具体的な課題についてはあまり研究が進んでおらず,今後の進展の可能性は不透明であると言わざるを得ない. 以上を総合すると,予定外の話題の研究で大きな進展が見られた反面,元々予定していた具体的な課題の研究はやや遅れており,全体としては順調に進展してはいるが当初の計画以上ではない,と評するのが妥当と思われる.
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今後の研究の推進方策 |
平成27年度中に進展のあった課題の研究をさらに発展させるとともに,元々具体的な課題として想定していた自己相似フラクタル上の熱核の詳細な短時間漸近挙動,流体力学極限による偏微分方程式の基礎付けやLiouville Brown運動の解析についても情報収集に努め研究の進展の可能性を模索する.またこれらの課題に限らずその他の関連する重要な課題についても幅広く解決の可能性を検討する. 具体的には,まずApollonian gasket関連では,円の詰め込みにより得られるフラクタルの中でもKlein群(複素平面上の一次分数変換全体の成す群の離散部分群)の極限集合として現れるものが複素力学系や2・3次元の幾何学・トポロジーとの関連で特に重要であるので,それらについて「測度論的リーマン構造」を考えラプラシアンの固有値漸近挙動をはじめとした様々な解析を試みる. 自己相似フラクタル上の熱核の詳細な短時間漸近挙動については,まず時間平均についての大数の法則が想定した通りの方法で証明できることを確認し,さらに引き続きKuelbs-Philipp (1980)によるBanach空間値確率変数列に対する概不変原理の内容を精査することにより,熱核の時間平均に関する中心極限定理がこの概不変原理から従うことの証明を試みる. 流体力学極限による偏微分方程式の基礎付けやLiouville Brown運動の解析については,関連分野を主題とする研究集会やセミナーに積極的に参加し,講演の聴講だけに留まらず専門家との意見交換を積極的に行うように努める. その他の課題として,自己相似フラクタル上の調和測度(拡散過程の境界集合への到達分布)の特異性は重要な未解決問題であり,最も非自明な場合であるSierpinski carpet(およびその一般化)の場合を中心に解決の可能性を検討する.
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