研究実績の概要 |
[具体的内容]生物の「走化性」とは化学物質の濃度勾配に沿って生物が特定の方向に移動する性質であり, 細胞生物学や臨床病理学において重要な役割を果たしている. ケラー・シーゲル系は, この走化性を記述する数理モデルであり, 2010年以降飛躍的に研究が進んでいる. ケラー・シーゲル系は多くのパラメーターを持ち, その取り方によって解の振る舞いが大きく異なる. 本年度では特に拡散項が退化した場合のケラー・シーゲル系の解の安定化を目標に研究を進めた. これまでの研究で得た解の有界性 (I.-Yokota (2020))と新たに示した半弱位相空間における時間に関するリプシッツ連続性の2つを利用することにより, 時間無限大で定常解に収束するような大域解の存在を証明した. この証明方法は質量保存則をもつ放物型方程式 (parabolic equations with divergence form)全般に応用できることが分かっており, 感応性関数を凝集項に含むケラー・シーゲル系,がん浸潤モデル, さらには流体力学の基礎方程式であるナヴィエ・ストークス系と連立させたケラー・シーゲル・ナヴィエ・ストークス系へ適応できる. 本研究成果は, 横田智巳氏 (東京理科大学)との共同研究として論文にまとめている. 同研究成果は2019年11月に開催された国際研究集会「Chemotaxis and Nonlinear Parabolic Equations」において招聘発表された. [重要性]走化性方程式に対する解の安定性に関する先行研究では, 拡散項が線形の場合以外は背理法により証明されていた. 背理法に基づく証明は方程式に強く依存するため, 異なる方程式を扱う際には証明の各ステップを再考察する必要があった. 上記の結果は直接的な証明方法であるため, ある条件を満たすすべての方程式を一様に扱えることになった.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
目標であったケラー・シーゲル系の解の安定性を明らかにした. 証明はこれまでの研究で得た解の有界性と半弱位相空間における時間に関するリプシッツ連続性を利用している.走化性方程式を扱った多くの先行研究では背理法を利用しているため, 方程式に強く依存した証明になっている. しかし, 本研究では背理法を用いず直接法でアプローチしているため, 該当年度の目標を超えてケラー・シーゲル・ナヴィエ・ストークス系, がん浸潤モデル, さらに質量保存則をもつ一般的な放物型方程式(parabolic equations with divergence form)に対しても同じ手法で安定性を導くことができた. この理由から, 研究はおおむね順調に進展しているといえる.
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今後の研究の推進方策 |
ケラー・シーゲル系に対して以下の研究を進めていく. 1.【時間無限大での極限への収束スピード】平成31年度の研究では質量保存則をもつ一般の放物型方程式に対する解が定常解へ収束することが分かった.収束スピードはこれまでの様々な研究成果から指数減衰であると予想される. 2.【特異拡散項をもつ系の数学解析】拡散項が多孔質媒質方程式と同じで冪数が0以上1未満(Δu^m, 0<m<1)の場合には, Sugiyama-Yahagi(2011)とKurokiba-Ogawa (2019)により放物・楕円型の系が考察され, 可解性, 有界性, 解の有限時間爆発について報告されている. 申請者は新たに放物・放物型の場合について研究を進めたい. 3. 挑戦的研究として非球対称解の爆発について考察していきたい.
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