本研究においては,水などに代表される非圧縮非粘性流体内における渦糸の運動の数学解析を行った.渦糸とは流れの回転成分である渦度が曲線上に集中して分布したものである.本研究では渦糸としての特徴を持った曲線がどのように運動するかを数学的に定式化し,さらに数学的に厳密な取り扱い(数学解析)を行うことによって渦を伴う流体運動の理論的な理解を深めることを目指してきた.特に,竜巻やバブルリング(水中にできる空気の輪)などを念頭に置き,二つの課題に取り組んできた. 一つ目の課題は「複数の渦糸の相互作用」に関する問題である.バブルリングのような円形の渦糸のことを渦輪と呼ぶが,本課題では渦輪が二つ互いに面して並んだときにおきる「追い越し現象」について取り扱った.追い越し現象については古くから研究がされており,この現象を記述する方程式がいくつも提唱されている.しかし,その大半は常微分方程式系として定式化されているため,追い越し現象の安定性など,数学的な取り扱いが制限される課題も多くあった.そこで,本研究においては二つの渦糸の相互作用を表す新たな偏微分方程式系の導出と,その方程式系に対して追い越し現象に対応する解の存在証明に取り組んだ.研究期間の最終年度においてそのような偏微分方程式系の導出に成功し,さらに追い越し現象に対応する解の存在証明にも成功した.これら結果をまとめたものを学術誌に投稿中である. 二つ目の課題は「複雑な地形の上を動く渦糸」の問題である.竜巻のような細い渦が地面に接地して動き回るような状況を想定し,複雑な地形の上を運動する渦糸を表す初期値-境界値問題に取り組んだ.本課題に対しては,複雑な地形を扱う第一歩として「斜面の上を運動する渦糸」を表す初期値-境界値問題の数学的定式化と時間大域解の一意存在を証明し,研究期間最終年度に学術誌に論文が掲載された.
|