2018年度は、感染症の流行を表す数理モデルのうち、年齢構造と空間構造をもつ非線形偏微分方程式系で表されるモデルに焦点を置き、それらの数学的性質の解析を行った。特に、感染症の侵入時において感染者一人あたりが感染する新規感染者数の期待値を意味する基本再生産数 Ro と呼ばれる疫学的指標に着目し、Ro < 1ならば感染症が根絶される状況を意味する自明定常解が大域的に漸近安定となり、Ro > 1ならば感染症が定着する状況を意味する正の非自明定常解が大域的に漸近安定となるかという問題に、リャプノフ安定性理論や比較原理などを用いて取り組んだ。本年度に研究対象としたモデルとして、年齢構造と空間構造をもつSIS感染症モデル、複雑ネットワーク上の複数株SIS感染症モデル、年齢構造をもつSIR感染症モデル、非局所的な空間拡散をもつSIR感染症モデル、マルチグループ年齢構造化SIR感染症モデルが挙げられる。特に、マルチグループ年齢構造化SIR感染症モデルに対する解析結果を、国内の性器クラミジア感染症の患者報告数の疫学データに応用することで、同感染症の流行強度を表す基本再生産数 Ro の推定値を導出し、モデルの性構造よりも年齢構造の方が Ro の推定値に与える影響が大きいという結果が得られた。さらに共同研究として、結核の数理モデル、薬物の流行などに適用できる一般化された年齢構造化モデル、造血幹細胞の増殖を表す数理モデルの力学系的性質の解析を行い、系の漸近挙動を決定づける基本再生産数 Ro やそれに相当する閾値条件を導出した。
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