研究課題
X線天文衛星Chandraや電波望遠鏡ALMAを用いた銀河団の観測的研究を進めた。長年銀河団同士の衝突を経験していない、十分緩和した銀河団の典型として考えられてきたAbell 1835銀河団のChandraの長時間観測データを用いて詳細な画像解析を行った。X線表面輝度分布の平均成分を差し引いた後の残差画像の中で、2つの弓状の構造が渦を巻くように存在していることを発見した。1つは平均に対し超過している領域で、もう1つは平均に対し不足している領域である。両者のサイズは70kpc程度で、形状はほぼ同様であった。両者はクールコアを超えて拡がっている。X線スペクトル解析を行い、超過領域は不足領域より低温で、高密度になっていることが判った。この構造は、比較的質量に差のある副銀河団が落下する際に生じる、ガススロッシング現象がこの銀河団で起きていることを示唆する。十分緩和しているように見える銀河団でも、衝突現象と無縁ではないことを示した。銀河団同士の激しい衝突を起こしているRX J1347.5-1145銀河団をALMAで観測し、最高の感度と角度分解能でもってSunyaev-Zel'dovich (SZ) 効果の測定を行った。ALMAの高い角度分解能により銀河団中心に存在する活動銀河核の放射を取り除き、銀河団中心領域のSZ効果の分布を初めて測定することに成功した。また、Chandraの長時間観測データを相補的に用いて、衝突により加熱されているであろう銀河団ガスの性質を多角的に調べた。これらの成果は学術論文として出版されている。
2: おおむね順調に進展している
X線天文衛星ChandraやXMM-Newton、電波望遠鏡ALMAや「すばる」望遠鏡などを用いた銀河団の多波長観測研究を進めている。激しい衝突現象が起きて1億K以上に加熱された銀河団ガスが存在する銀河団や、一見十分緩和しているように見えるが比較的質量に差のある銀河団の衝突を経験している銀河団を観測し、衝突現象の多様性を明らかにした。また、X線とは独立した手法で銀河団ガスの圧力分布を計測するSunyaev-Zel'dovich効果の観測は、ALMAでなら超高温の銀河団ガスの位置を同定できることを示した。「すばる」のHSCサーベイ観測とX線フォローアップ観測の組み合わせにより、低バイアスの銀河団の系統的な研究を進めている。2016年2月に打ち上げられたX線天文衛星「ひとみ」(ASTRO-H)は、短期間の運用しか行われなかった。「ひとみ」により銀河団ガスの速度場を直接測定できると期待していたが、ペルセウス座銀河団以外の観測は行われなかった。本研究は多波長観測を主力とし、X線帯域においては詳細な画像を取得することを重要視していた。そのため「ひとみ」の影響は限定的で、本年度もChandraやXMM-Newtonを用いて成果を上げてきた。よって本研究はおおむね順調に進展しているといえる。
本年度は本研究課題の最終年度に当たるため、系統的な解析を行いつつ、研究成果をまとめる。本研究により、単純なX線観測データの解析では比較的質量に差のある銀河団の衝突を見逃す可能性があり、銀河団の質量進化の解明のためには銀河団中心領域の詳細解析も必要であることを示しつつある。この示唆を明確にすることを目的としたX線観測研究を行う。また、X線観測とは相補的となる、電波望遠鏡ALMAによるSunyaev-Zel'dovich (SZ) 効果の観測や、「すばる」望遠鏡HSCによる弱重力レンズ観測を用いた多波長観測研究を進める。SZ効果の観測により銀河団の衝突現場の同定が可能になることから、弱重力レンズ観測による内部構造の探査と合わせて、衝突の系統的な研究を行う。「すばる」HSCを用いた新しい基準による銀河団サンプルは、X線による銀河団サンプルと質的に異なる性質を持つ銀河団が含まれている可能性がある。本年度、この新しい銀河団サンプルのX線の公募観測が受理されており、観測データが取得できる予定である。多波長観測の新しい側面を切り開くべく、既存のデータと組み合わせた解析を行う。これらを推進することで、多波長観測による銀河団同士の衝突が引き起こす電波放射の起源と質量進化の解明を行う。
X線天文衛星「ひとみ」が喪失されたことにより、「ひとみ」の観測データを処理する計算機や国際学会の参加費に充てる予定だった費用が未使用に終わったため。
X線天文衛星Chandraを用いた観測が想定以上の進展を見せていることから、次年度にはこの観測を強力に推進すべく、計算機の購入や国際学会での成果発表に用いる。
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