研究課題
いわゆる強相関電子系において、反強磁性秩序を圧力や化学組成といったパラメータで制御した際、その転移温度がゼロとなる点において、強い量子揺らぎによる影響が出現する場合がある。この量子臨界点近傍では、しばしば高温超伝導を含む非従来型の超伝導が出現することが多くの系で報告されている。しかしながら、実際に量子臨界点が存在するかどうかや、その超伝導状態との関連性はあまり分かっていない。近年、高品質な単結晶が得られる鉄系超伝導体において、化学組成を制御パラメータとした相図上で超伝導ドーム内に量子臨界点が存在することが明らかとなり、その量子臨界点の位置する組成が、超伝導転移温度が最大となる組成と非常に近いことが報告された。この研究報告を受け、本研究では量子臨界点と超伝導状態の関連性をさらに詳細に検証すべく、電子相図における不純物散乱の影響を電子線照射という不純物を系統的に導入可能な手法を用いて調べた。電子線照射を用いることにより、単結晶試料中に不均一性の極めて少ない原子サイズの点欠陥を導入でき、照射量を逐次追加することで、同一試料内において点欠陥量を制御することが可能である。さらに、この電子線照射においては、試料中のキャリア密度や格子定数の変化が極めて少なく、不純物散乱の影響のみを系統的に検証することができることが知られている。本年度は、鉄系超伝導体BaFe2(As1-xPx)2における電気抵抗率測定を幅広い置換域にわたり行い、フランスのEcole Polytechniqueにおいて電子線照射を段階的に行い、各照射量において電気抵抗率測定を行った。その結果、ある不純物量における電子相図では、未照射の電子相図と比較し、超伝導ドームと量子臨界点が低置換域側に同時に移動している振る舞いが観測された。これは量子臨界点と超伝導状態の密接な関連を示唆するものである。
2: おおむね順調に進展している
本年度では、鉄系超伝導体BaFe2(As1-xPx)2における量子臨界点と超伝導状態の関連性を検証すべく、電子線照射の電子相図への影響を電気抵抗率測定より調べた。その結果、量子臨界点と超伝導状態の強い関連性を示唆する結果を得た。これは、電子線照射という手法を用いて系の超伝導電子相図を系統的に調べることができるということを立証したのみならず、超伝導状態が量子臨界点と密接に関連しているという超伝導の発現機構の理解において重要な知見をもたらす可能性があるという意味で非常に重要な成果であると考えられる。これは当該研究課題である量子臨界点の超伝導相図への影響を電子線照射と電気抵抗率測定により明らかにしており、次年度における研究によりさらに進展が期待される。今後は、他の測定手法により本研究成果を多角的に立証していく必要があり、また異なる物質においても同様の性質が見受けられるかどうか明らかにしていくことで、非従来型超伝導体の理解を進展させる必要があると考えられる。申請者は本研究成果を国内及び国際会議や学会で広く口頭発表を行ってきており、他の様々な研究者とも議論を行ってきている。現在、研究成果をまとめ論文執筆に向けた準備を行っている段階である。以上より、本研究はおおむね順調に進展していると判断できる。
平成27年度の研究成果を受けて、今後は新たな実験手法を立ち上げ、更なる検証を行っていく予定である。具体的には精密比熱測定装置を立ち上げ、電子線照射の影響を電気抵抗率のみならず、系の電子の状態密度を直接反映する比熱より検証を行っていく。精密比熱測定装置に必要なベアチップ温度計を用いたアデンダは既に作製済みであり、アデンダを低温測定用インサートに設置し、冷却試験等を行う予定である。その後、既に比熱値が既知である参照試料の測定を行う。得られた参照試料の比熱値の妥当性を確認後、強相関電子系において量子臨界点と超伝導との関連性が指摘されている物質の比熱測定を行い、電子線照射による影響を比熱測定より探っていく。具体的には、鉄系超伝導体であるBaFe2(As1-xPx)2、重い電子系超伝導体CeCoIn5やその元素置換系を計画している。電子線照射についてはFranceのEcole Polytechniqueにある実験施設を利用しており、現地の共同実験者との打ち合わせの後、申請者が数回出張し実験を行う計画である。
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