研究課題
種々の磁性薄膜、特に磁気異方性を示す薄膜についてX線磁気円二色性(XMCD)実験を行い、ミクロな電子状態・磁気状態の解明を試みた。・巨大磁気抵抗を示すことで知られる酸化物磁性体(La,Sr)MnO3 (LSMO)の薄膜について、格子定数の異なる2種類の基板に作製することにより応力を加えた薄膜に対し、角度依存XMCD実験を行った。XMCD強度の磁場方向依存性から、伸長性応力を加えると面内磁化容易、圧縮性応力を加えると面直磁化容易となることが確かめられ、先行研究と一致する結果を得た。さらに、通常のXMCDスペクトルとは異なるスペクトル成分が存在すること、およびその強度が基板応力に依存することが示された。この結果は、磁性を担う電子の密度分布(スピン密度分布)が球状からずれて歪んだ形状になっていること、またその形状の違いが両者の磁気異方性の違いに関係していることを示唆するものである。・強い垂直磁気異方性を示し、高密度磁気記録媒体の候補物質として知られるL10型FePt合金について、強い磁気異方性が生じる機構を探るため、FeおよびPt元素に対するXMCD実験を行った。その結果、Feについては軌道磁気モーメントに異方性が見られたのに対し、Ptでは観測されなかった。この結果は、FeよりもPtが大きな軌道磁気モーメントの異方性を持ちそれが垂直磁気異方性に寄与しているという既存の理論とは異なっており、別の理論モデルの必要性を示唆するものである。・電子軌道の整列による金属-絶縁体転移を示す2種類のスピネル型酸化物Fe3O4およびCoV2O4に対して、角度依存XMCDから軌道磁気モーメントおよびその異方性を測定した。実験結果と理論モデルとの比較から、軌道整列の様子についての知見が得られ、金属絶縁体転移の詳細な機構解明につながる結果を得た。
2: おおむね順調に進展している
・「研究実績の概要」で示した通り、当初計画に挙げたLSMO薄膜およびFePt薄膜に対するXMCDの実験を行い、磁気異方性とミクロな電子状態との関係性を示す重要な知見(軌道磁気モーメントの異方性・スピン密度分布の異方性)を得た。この他に、Fe3O4薄膜およびCoV2O4薄膜の角度依存XMCD実験も行った。LSMO薄膜については、LAO基板試料の作製条件最適化を行ったうえで次年度引き続き実験を行い、結果の再現性を検証する予定である。・装置改良として、課題の一つであった試料温度の安定化について、試料ヒーターの高出力化を行うことにより改善を測った。また、温度計を交換し、磁場中での温度測定精度を向上させた。これらの改良を加えたうえで、上で述べたLSMO薄膜の角度依存XMCD測定をさまざまな温度において行い、磁気異方性の大きさの系統的な変化を実際に観測することができた。また、真空排気系のアップグレードを本年度行った。この他、S/N比の改善を目的とした防振対策として、試料押さえ治具および試料ホルダの改造を現在進めている。
・LAO基板上LSMO薄膜について、試料作製条件の最適化を行ったうえで再度角度依存XMCDの実験を行い、本年度の実験で得られた磁気異方性と異方的スピン密度分布の関係性を示す結果について引き続き検証を行う。・磁気異方性を示すその他の強磁性体についても角度依存XMCDの実験を行い、磁気異方性、軌道磁気モーメントの異方性ならびにスピン密度分布の異方性との関係性を引き続き明らかにしていく。対象とする磁性体として、(1) 垂直磁気異方性を示す他の強磁性体(逆ペロブスカイト型化合物Mn4N等)、(2) XMCDの元素選択性を活かした多元素磁性体(ホイスラー合金等)、(3) スピン軌道相互作用の影響がより顕著に観測されると期待される4d元素系(SrRuO3薄膜等)、を検討している。・引き続き、スペクトルのS/N比の改善のための防振対策として、試料押さえ治具および試料ホルダの改造を行っていく。
ビームタイムへの参加回数が予定よりも減り出張旅費が減ったため、次年度使用額が発生した。
研究協力者のビームタイムへの出張旅費として使用する予定。
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