曲げ応力下におけるボロン添加シリコンの超音波実験により,表面弾性波の音速vsを用いて記述される弾性定数Cs=rvs^2(r:密度)は降温に伴い減少するソフト化が観測された。通常用いられる四極子感受率による解析を行うと,Csの減少の大きさは理論値の方が一桁大きいことが分かった。これは曲げ応力を印加した時の体積変化の効果を無視できないことを示唆し,全対称表現の体積歪みと結合する原子空孔軌道の電気多極子が存在することを示している。 そこで,原子空孔の周りに存在する4つのシリコン原子上のsp3混成軌道が再結合してできる原子空孔軌道を原子空孔を原点に多極子展開することで解析的に求め,その波動関数がもつ電気多極子を求めた。原子空孔の点群はTdであるため,偶パリティの電気多極子のみならず奇パリティの電気多極子も自由度にもつ。それらのうち,点群Tdの既約表現A1,E,T2に属する電気多極子が有限の値をもち,他方,A2,T1に属する電気多極子はもたないことが分かった。そして,全対称表現であるA1に属する電気多極子が表面弾性波が誘起する体積歪みと結合することで四極子歪み相互作用のみでは説明のつかないソフト化が現れたと言えることが分かった。 またリン添加シリコンの超音波実験を行い,極低温で降温に伴い弾性定数が減少するソフト化を観測した。今後,弾性定数の磁場中実験を行い,どのような磁場依存性を示すか明らかにする必要がある。そしてシリコン結晶にリンを添加する,つまり原子空孔軌道に電子を添加した量子状態を理論的に解明する必要がある。
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