研究課題/領域番号 |
15K17758
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
森 正人 東京大学, 大気海洋研究所, 特任助教 (00749179)
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研究期間 (年度) |
2015-04-01 – 2017-03-31
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キーワード | 北極 / 海氷 / 偏西風の蛇行 / 異常気象 / アンサンブルシミュレーション |
研究実績の概要 |
異常気象の頻度の増加に対する地球温暖化の影響を明らかにすることは、学術的にも社会的にも重要である。本研究の目的は、地球温暖化の進行と共に急激に進行している北極域の海氷の減少が中緯度域の異常気象に与える影響を調査し、特に偏西風の蛇行をもたらすメカニズムを明らかにすることである。 当初から利用予定であった大気大循環モデルMIROC-AGCMによる大規模アンサンブルシミュレーション結果に加え、今年度は別の大気モデルであるMRI-AGCMによる高解像度大規模アンサンブルシミュレーションも実施し、そちらのデータも利用可能となった。結果のモデル依存性も含めて調査することや、サンプル数が増えることが望ましいため、両モデルによる実験結果を合わせて解析を行った。 過去気候の再現実験において、両モデルともに再解析データに見られるような海氷減少に付随する大気変動(WACE)をよく再現しているものの、その感度に若干のモデル依存性があることが分かった(MIROC-AGCMの方がMRI-AGCMよりも海氷減少に対して大気が応答しやすい)。また、海氷減少にともなう対流圏下層の熱強制に対する大気応答を線型傾圧モデルを用いて診断したところ、WACEパターンが再現されないことが分かった。この結果は、WACEパターンを単純な線型定常ロスビー波として解釈できないことを示唆しているが、熱強制が大気境界層内で最大振幅を持つという性質上、結果が線型傾圧モデルの性能に依存することも考えられるため、今後も慎重に調査を続ける必要がある。一方で、短周期の気象擾乱群の振る舞いがWACEの形成・維持に与える影響を調べたところ、ストームトラックからフィードバックがWACEの中心をなす高気圧性循環を強めるように働いていることが明らかになった。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究課題で研究期間内に明らかにしようとしているのは、北極海の海氷の変動と密接に関係している大気循環偏差パターン(WACEパターン)の形成メカニズムである。冬季北半球中緯度域は大気の内部変動が非常に活発なため、限られたサンプル数の観測データなどから海氷減少に対する妥当な大気応答を検出するのは一般的に困難であるが、当初から利用予定であった大気大循環モデルMIROCによる大規模アンサンブルシミュレーションに加え、今年度はMRI-AGCMによる高解像度大規模アンサンブルシミュレーションも利用可能になったため、シグナルの同定という意味では非常に信頼性の高い解析が行えたと考える。 WACEパターンの形成メカニズムについては、中心を成す高気圧性偏差が、①海氷の減少にともなう海面の熱強制に対する定常ロスビー応答として解釈できる可能性、ならびに②その高気圧性偏差がストームトラックの変調によるフィードバックによって形成・維持されている可能性の、2つの仮説を検証する形で解析を進めた。①については否定的な結果が得られたが、大気境界層内でダンピングが大きいことから、線型傾圧モデルによる診断に問題がないかを慎重に検討する必要がある。一方で、②については肯定的な結果が得られた。 北極海の海氷の減少が北半球中緯度域に与える影響については国際的に活発に研究が行われている分野であり、当該分野で日本が世界をリードしていくためには、国際的な気候変動コミュニティの会合などの場において研究成果発表などの情報発信をこまめに行っていくことや、海外の研究者との情報交換が重要である。そのため、そのような場に積極的に参加し成果の発表を行った。
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今後の研究の推進方策 |
本年度の研究によって、ストームトラックからのフィードバックがWACEパターンの形成・維持として一つの重要なプロセスであることが分かった。そこで次のステップとして挙げられることは、まずは海氷の減少が短周期擾乱の生成率や強さ、経路に与える影響について詳しく調べることである。また大量のアンサンブルがあることを生かして、WACEの強さのメンバー依存性を調べることも興味深い。短周期擾乱との間に系統的な関係が見られるかもしれない。また、本年度に行った線型傾圧モデルによる診断結果の検証も引き続き行う必要がある。この方向性について特に研究計画を変更する必要はない。 一方で、北極の気候変動コミュニティの中で、WACEパターンに代表されるような北半球の中緯度域に異常気象をもたらす偏西風の蛇行が、地球温暖化の進行と共に将来どう変化するのかという視点も活発に議論され始めている。そこで研究計画の変更点として、現在気候ならびに地球温暖化が進行した条件下での大規模なアンサンブル実験などを利用することで、偏西風の蛇行の頻度の変化を調べることが挙げられる。特に、それにともなう異常高温・異常低温の強さや頻度の変化を調べることは、科学的にも社会的にも重要なことである。結果は、これまで同様に学会で積極的に発表すると共に、投稿論文としてまとめる。
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次年度使用額が生じた理由 |
ワークステーションやハードディスクドライブなど、なるべく安い物を購入することで物品費を節約することができた。また、当初予定していた国内出張に行けなくなったことで旅費にも余剰分が生じた。
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次年度使用額の使用計画 |
新しいアンサンブルシミュレーション結果が利用可能になったため、解析結果の保存、ならびにバックアップに必要とされるストレージの量が、当初の予定よりもかなり多くなりそうである。余剰分はデータを保存するためのハードディスクの追加購入費として使用する予定である。 また、最終年度を迎え、研究成果発表や論文投稿に関わる費用が必要である。特に国際誌に投稿する際には英文校閲が重要であり、そのための費用として用いる予定である。
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