本研究では、夏季の東シナ海において、海洋上層の成層構造の決定に対する長江希釈水のインパクトを海洋循環モデルを用いて調べた。その結果、長江希釈水は次のようなメカニズムで夏季の東シナ海陸棚域の海面水温を広い範囲で低下させていることが明らかとなった。まず、冬季の中国沿岸では、長江希釈水の流入に起因して、成層強度の強い薄い混合層が形成され、鉛直対流が抑制される。そのため、表層の薄い混合層のみからの熱放出が活発となり、表層の低温化が促進される。しかし、低水温による高密度化は低塩分水によって相殺され、鉛直対流は励起されず、ついには水温逆転層が形成される。さらに、この低温・低塩分水が、翌夏の南風に伴って陸棚中央部まで東進することで、季節を超えて東シナ海の水温分布に寄与する。淡水流入に起因した高温化も長江の河口付近では見られるので、 実際には、この二つの効果が相まって、東シナ海の夏季海面水温の形成に寄与しているものと考えられる。これら一連の成果は、今までの知見にはない全く新しい研究成果であり、国際学術論文誌であるアメリカ気象学会のJournal of Physical Oceanographyに掲載されている。 また、領域大気モデルを用いた感度実験からは、長江希釈水に起因した海面水温の低下がフロント周辺の温度勾配をより急峻にすることで暖水側の対流不安定を強化し、降水量の増加に寄与することを明らかにした。上述したように、長江希釈水が海面水温の変化に対してプラスにもマイナスにも作用することを考慮すれば、その大気への作用は複雑なものとなり、直上やフロント周辺への影響のみに留まらず、領域的な気象への波及効果も期待することができる。長江希釈水の気候変動に対する我々の認識を新たなものにするためには、今後の研究において、より広範囲をカバーする大気海洋結合モデルを用いた数値実験が有効となるであろう。
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