先行して開始していた炭素循環を含む低次生態系モデル実験について、オフライントレーサーモデルを用いて3000年強の時間積分を完了した。海底熱源を与えた場合、太平洋の底層循環が17%強化される。これに伴い、北太平洋底層でのΔ14C値及び溶存酸素濃度が5-10%ほど上昇した。これらは前年度に確認された北太平洋での水塊年齢の若年化と整合的な結果であり、循環強化に伴う海洋底層のベンチレーションの強化に起因すると推察される。一方で溶存酸素濃度については東部熱帯太平洋の底層で最大80%ほど濃度が増加することがわかった。この海域は貧酸素水塊が存在する海域であり、表層から中層にかけても30μmol/Lを下回る貧酸素水塊が厚く存在している。海底熱源を与えた場合、この貧酸素水塊の厚さが100m程度薄くなる。これは元々の厚さの7%程度に相当する。海底熱源による底層循環の強化が中層にも影響を与えることが明らかになった。 また、1936年から2017年に相当するフロンガス・六フッ化硫黄ガスの大気中濃度を境界条件として与え、海底熱源の有無による循環の違いが、これら化学トレーサーの海洋中での分布に与える影響について調査した。これらの化学トレーサーのうちCFC-11については、2017年に世界で初めて北太平洋底層付近で検出下限を超える濃度が観測されている。気象研究所で実施された第6次結合モデル相互比較計画における海洋モデル相互比較計画の実験においては、CFC-11濃度が観測で得られたものよりも小さいことがわかっている。この事は本実験で再現された底層循環の強度が現実よりも弱いことを示唆している。海底熱源は底層循環の強化につながるため、この観測との相違を説明する可能性がある。2017年の観測点底層におけるモデルのCFC-11濃度は、海底熱源を考慮した実験では考慮しない実験の2倍にも至ることがわかった。
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