研究課題/領域番号 |
15K17840
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
滝沢 進也 東京大学, 総合文化研究科, 助教 (40571055)
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研究期間 (年度) |
2015-04-01 – 2017-03-31
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キーワード | イリジウム錯体 / 増感剤 / 人工光合成 / 光水素発生 / ベシクル / コバルト錯体 |
研究実績の概要 |
近年、太陽光エネルギーで水を還元し水素を生成する技術(光水素発生)が注目されている。本研究は、可視光を吸収する増感剤から水の還元触媒への電子移動を促進し、光水素発生反応の高効率化を達成するために、脂質二分子膜中の増感剤と分子触媒のイオン間相互作用を活用した新しい反応系を開拓しようとするものである。特に、様々な配位子によって容易に電荷や物性を制御できるイリジウム(Ir)錯体の増感剤としての特長を活かした光水素発生系の構築を試みている。平成27年度は、最適な増感剤と分子触媒の選定のために、様々なIr錯体とコバルト(Co)錯体を多角的に評価し、主に以下のような研究実績を得た。 1、アニオン性分子触媒との組み合わせを視野に入れ、カチオン性Ir錯体に基づく有用な増感剤の探索を行った。具体的には、クマリン6と呼ばれる色素と2,2'-ビピリジルを配位子とするIr錯体に着目し、ビピリジル配位子に電子供与基を導入した新規錯体を設計、合成した。その結果、無置換体に比べて励起状態寿命が顕著に長くなった。さらに、光水素発生における増感機能も向上することが判明した。 2、アニオン性分子触媒の候補として、1,2-ベンゼンジチオラートを配位子とするCo錯体を合成し、脂質二分子膜(ベシクル)に取り込まれるかどうかを検討した。その結果、ベシクル調製時に用いる緩衝液の種類や超音波照射時間に工夫が必要であったものの、このCo錯体はベシクル膜に取り込まれることを確認した。 3、クマリン6とオロテートを配位子とするアニオン性Ir錯体の増感剤としての機能評価を行った。特に、アスコルビン酸ナトリウムを電子供与体、Coグリオキシム錯体を分子触媒とする光水素発生系において、そのアニオン性Ir錯体が増感剤として働くことが明らかとなった。増感剤と触媒の回転数(TON)としては200と12という値がそれぞれ得られた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
候補となる増感剤と分子触媒の基本骨格が絞られてきた点では、目的とする光水素発生系の構築に向けておおむね順調に進展していると自己評価できる。また、クマリン6とオロテートを配位子とする新規アニオン性Ir錯体は水混合溶媒中でも高い発光量子収率と発光寿命を示し、かつ可視光を用いた光水素発生反応の増感剤として充分機能することが確認できた。この結果は、一般的に不安定で扱いにくいとされていたアニオン性Ir錯体が増感剤として用いることができることを初めて実証するものであり、初年度に得られた成果の中では最も重要である。
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今後の研究の推進方策 |
平成27年度の研究によって、増感剤として有望なカチオン性およびアニオン性Ir錯体の候補が挙げられた。一方で、これまでの検討で最も性能の良かった分子触媒は電荷を持たないCoグリオキシム錯体であり、Ir錯体とイオンペアを形成させベシクル中で高効率な光水素発生が達成できそうなイオン性分子触媒の選定には至っていない。1,2-ベンゼンジチオラートを配位子とするアニオン性Co錯体はベシクル膜に取り込まれることは確認したが、適用できる増感剤は従来から用いられているルテニウム(Ru)錯体に限られており、光水素発生の効率と安定性の観点からも懸念が残されている。 そこで次年度は、検討する分子触媒の化学構造をCoグリオキシム錯体に固定し、そのピリジン配位子をアニオン性またはカチオン性置換基で修飾した錯体の合成と、触媒としての性能評価を進める。その後、最も有効だと期待される触媒とIr錯体の組み合わせを決定し、それらの塩(イオンペア)を合成する。さらに、その塩をベシクル膜へ導入し、外水相に適切な電子供与体を添加した条件で光水素発生反応が進行することを確認する。その結果と均一溶液中の実験結果を比較することで、脂質二分子膜中でのイオン間相互作用が光水素発生反応の効率向上に寄与することを実証したい。
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次年度使用額が生じた理由 |
平成27年度の7月にガスクロマトグラフィーの出力装置に不具合が生じ、データ処理装置の更新、セットアップ、性能評価に数ヶ月を要した。その期間は、正確なデータを出すための光水素発生実験は停止せざるを得ず、本来その実験で使用する予定であった反応用溶媒、高純度アルゴンボンベ、交換用キセノンランプなどの支出が少なかったため次年度使用額が生じた。また、想定していたよりも金属錯体の合成は順調に進み、薬品とガラス器具のために計上していた助成金に若干の余剰金が生じた。
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次年度使用額の使用計画 |
平成28年度も引き続き新しい分子触媒の合成に取り組む必要がある。さらに、様々な錯体のベシクルへの取り込み実験や光水素発生反応も精力的に行っていく予定であり、そのための試薬・溶媒・ガラス器具・高純度アルゴンボンベなどの消耗品購入費に使用する。また、2年目も得られた成果を国内外に積極的に発信していく計画である。助成金は国内学会発表の旅費や投稿論文の英文校閲料にも有効に使用させていただきたい。
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