研究実績の概要 |
化石資源の枯渇や地球温暖化などの懸念を受けて、太陽光エネルギーで水を還元し水素を効率よく生成する技術が求められている。本研究では、増感剤として機能するイリジウム(Ir)錯体から水の還元触媒への電子移動を促進するために、脂質二分子膜中におけるそれらのイオン間相互作用を活用した新しい反応系の開拓を目指した。特に、配位子の選択で電荷や物性を制御しやすいIr錯体の特長を活かした光水素発生系の構築を試みた。 平成27年度は、クマリン6と呼ばれる色素を主配位子とするカチオン性Ir錯体に着目し、最適な補助配位子の探索を行った。その結果、電子供与基を導入した2,2’-ビピリジルを用いることで、光励起状態が長寿命化することを見出した。その増感剤は、コバルト(Co)グリオキシム錯体を分子触媒とする可視光駆動水素発生にも有効であることが判明した。さらに、カチオン性分子触媒との組み合わせも想定して、オロテートを補助配位子とするアニオン性Ir錯体を評価したところ、水混合溶媒中でも高い発光量子収率と長い発光寿命を示し、光水素発生反応の増感剤として機能した。この結果は、一般的に不安定で扱いにくいとされていたアニオン性Ir錯体が増感剤として適用できることを初めて実証する重要な成果である。 最終年度は、脂質二分子膜を反応場とするシステムの構築に向けて、クマリン6を有するカチオン性Ir錯体がDPPCベシクルに取り込まれるかどうかを確認した。種々の置換基と対アニオンを有するIr錯体を検討したが、何れもベシクル膜に効率良く導入された。また、それらの錯体は膜の表面付近に存在している可能性が示唆された。一方で、カチオン性Ir錯体とアニオン性Coグリオキシム錯体の塩を合成する方法も確立している。このように、目標とする反応系構築のための充分な条件が整い、後はその有用性を実証するのみという段階に達した。
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