研究実績の概要 |
紫外光照射により着色し、数マイクロ秒から数百ミリ秒で完全消色する架橋型イミダゾール二量体の高速フォトクロミズムは、ホログラム材料や蛍光スイッチ材料など、様々な分野で応用が期待されている。本研究課題では、長波長の光を短波長に変換するアップコンバージョン技術を用いることにより、可視領域の安価な連続光源で高速フォトクロミズムを示す材料を創出し、さらに励起光強度によってフォトクロミズム特性が変わる材料を創出することを目的としている。 平成27年度は、高速フォトクロミック化合物の高励起状態やラジカルの励起状態を活用した段階的二光子吸収過程を介したフォトクロミック化合物の開発を行った。特に、ビラジカル-キノイド互変異性過程を活用した高速フォトクロミズムでは(J. Am. Chem. Soc., 2015, 137(17), 5674-5677.)、弱い紫外LED光で励起した際は一光子反応が進行してビラジカルの生成により青緑色になり、数十ミリ秒以内に消色するフォトクロミズムを示す一方、励起光強度を強くすると深青色のキノイド構造になり、全く異なる反応を示すことがわかった。また、ポルフィリンと架橋型イミダゾールとを連結させた化合物では(J. Am. Chem. Soc., 2016, DOI: 10.1021/jacs.6b01470 )、ポルフィリン部位の高励起状態を経由した段階的二光子誘起フォトクロミズムを実現した。過渡種の励起状態や高励起状態を活用した光反応過程はこれまでに例が少なく、光化学分野の発展において重要であるだけでなく、励起光強度に依存した新しい材料開発においても重要である。さらに、本年度は異種ラジカルを光生成する新規高速フォトクロミック化合物や高速逆フォトクロミズムを示す化合物の開発にも成功しており、本研究課題を達成する上での基盤技術の構築に成功した(J. Am. Chem. Soc., 2015, 137(15), 4952-4955., J. Am. Chem. Soc., 2016, 138(3), 906-913.など)。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
本研究課題では、初年度に架橋型イミダゾール二量体を基盤とした高速フォトクロミック化合物と三重項-三重項対消滅(TTA)とを組み合わせたアップコンバージョンシステムの開発を目指していた。しかし、本研究を遂行するに当たり、ビラジカル-キノイド互変異性による段階的二光子過程を含むフォトクロミック反応系(J. Am. Chem. Soc., 2015, 137(17), 5674-5677.)や、ポルフィリンの高励起状態を経由した段階的二光子誘起フォトクロミズム(J. Am. Chem. Soc., 2016, DOI: 10.1021/jacs.6b01470 )を開発した。これらの系は、これまでにない新しい高次複合応答過程を含んだ光化学反応系であり、基礎科学的に重要であるだけでなく、安価で低強度の紫外LED光でも二光子反応を誘起できることから、材料応答としても今後有用な役割を担うものと期待される。特に、非常に弱い光強度で二光子反応誘起できること、また段階的二光子吸収過程が酸素に影響しないことはTTAを用いたシステムと比べて大きな利点となる。初年度に二光子反応を効率的に用いたアップコンバージョン分子システムの開発に成功したことにより、本研究課題の目標の一つである“励起光強度によってフォトクロミズム特性が変わる材料”を実現できたといえる。 本研究課題で開発した分子システムは、一光子反応によって誘起されるフォトクロミック反応の熱消色速度や、二光子反応によって生成する複数スピン間の相互作用の強さを分子骨格、及び置換基の導入により調節することにより、色や熱消色速度、光強度閾値など、様々なパラメータを調節することが可能だと考えられる。現在、さらに長波長の可視光を用いた効果的なアップコンバージョン高速フォトクロミック反応システムの構築に向けて、化合物設計や合成、及びそれらの物性測定を行っている。
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今後の研究の推進方策 |
初年度に開発したビラジカル-キノイド互変異性による段階的二光子過程を含むフォトクロミック反応系(J. Am. Chem. Soc., 2015, 137(17), 5674-5677.)、及びポルフィリンの高励起状態を経由した段階的二光子誘起フォトクロミズム(J. Am. Chem. Soc., 2016, DOI: 10.1021/jacs.6b01470 )は、これまでにない新しい高次複合応答過程を含んだ光化学反応系であり、基礎科学分野だけでなく、材料科学分野においても重要な設計指針となるものと期待される。また、次年度から実施を予定していた無機コロイドナノ結晶と比べて、有機化合物の同定は比較的容易であり、且つ置換基効果などの多様性が高い。このことから、初年度に開発したビラジカル-キノイド互変異性や、高励起状態を用いた段階的二光子過程を含むフォトクロミック反応を次年度にも継続して行い、更なる高機能化を目指す予定である。具体例として、一つ目にはビラジカルのスピン相互作用の大きな分子を設計、合成することにより、これまでよりも低い光強度閾値で大幅な物性変化を有するフォトクロミック分子の開発を行う予定である。二つ目には、ポルフィリンの代わりに交換交差効率が高く、三重項の寿命の長い分子骨格を高速フォトクロミック分子に連結させることにより、三重項の高励起状態からの電子移動を使った高速フォトクロミズムを実現する。特に、三重項を有効活用することにより、強度閾値の低下、及びより長波長の光を用いた反応が実現できると考える。それらの開発により、有機フォトクロミック化合物の更なる高機能化を実現できるだけでなく、今後の無機ナノ結晶とを組み合わせた複合応答システムの更なる発展が期待できる。
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