研究課題/領域番号 |
15K17871
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研究機関 | 九州大学 |
研究代表者 |
犬束 学 九州大学, 工学(系)研究科(研究院), 特任助教 (70735852)
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研究期間 (年度) |
2015-04-01 – 2017-03-31
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キーワード | ゴム / 無機フィラー / 界面 / 中性子反射率 |
研究実績の概要 |
自動車用タイヤに代表されるように、ゴム材料は無機フィラーを添加したナノコンポジット材料として使用されることが多い。無機固体界面におけるゴム状高分子の構造および物性は、材料全体の機能に大きく影響すると言われているが、その詳細は明らかとなってはいない。 本研究の第一の目標はゴムとシリカなどの無機フィラー界面に存在する数~十数ナノメートルの界面層を定量的に評価することである。この層を直接観測するのは非常に困難である。そこでモデル系として、基板上に作製した架橋ゴム薄膜を良溶媒で膨潤させ、オルガノゲルとして扱った。この際、基板界面近傍の凝集状態の不均一性は膨潤度(すなわち高分子の体積分率)の分布に変換され、また不均一性のサイズスケールも膨潤によって拡大される。こうして不均一性を可視化した試料について、中性子反射率測定法により定量的な構造解析を行った。 試料となる架橋ゴム薄膜は、ポリイソプレン(PI)などのトルエン溶液に架橋剤となるチオールおよび光ラジカル発生剤を添加して石英基板上にスピンキャストし、これに紫外線を照射することにより架橋させ作製した。中性子反射率法などの構造解析手法に適当なように、試料の膜厚を数十から数百nm程度とした。 中性子反射率測定法の結果を多層モデルを用いてフィッティングし解析することにより、重ヘキサンに浸漬させた架橋PIフィルム内において、石英界面にほとんど膨潤しない、厚さ3ナノメートル程度の界面層、およびバルクよりも膨潤度の小さい、厚さ10ナノメートル程度の中間層が存在することを明らかとした。これらの層構造は、過去の研究で提案されてきたゴム材料中の界面層(バウンドラバー)に対応するものと考えられる。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
当初の計画通り、重溶媒で膨潤させた架橋ゴム薄膜の中性子反射率法による解析から、固体界面近傍では、高分子が界面の影響を受けて膨潤が抑制される界面層が存在することを明らとした。 試料の作製では、代表的なゴム状高分子であるポリイソプレンをアニオン重合により合成して用いた。このポリイソプレンの薄膜状態での架橋方法を検討したところ、過酸化ジクミル等による過酸化物による架橋では、加熱時に脱濡れ現象による膜の破壊が起こることが判明した。そこで、加熱を伴わない光架橋剤の添加と紫外線の照射による架橋を行うことで、実験に適した架橋ポリイソプレン薄膜を作製することに成功した。 中性子反射率測定では、大強度陽子加速器施設であるJ-PARC(茨城県、東海村)の物質生命科学研究施設の中性子反射率計であるSOFIAについて一般課題申請が採択され、実験を行うことができた(課題番号2015A0217)。実験に際しては、石英基板上に製膜した架橋ポリイソプレン薄膜を重水素化ヘキサン中に浸漬させて膨潤させ、この時の基板界面近傍の膨潤度の不均一性をサブナノスケールで解析することにより、基板界面に凝集状態の異なる層が存在するかを調べた。多層モデルによる解析から、この界面層がほとんど膨潤しない吸着層と、やや膨潤する中間層に分けられることも明らかとなった。 更に、動的二次イオン質量分析を用いた解析により、作製した膜内部において架橋剤はほぼ均一に分布していることを確認した。この結果は、中性子反射率法により観測された界面層が、単に架橋剤が基板界面に濃縮したことが原因でなく、固体界面の存在によってポリイソプレンの分子鎖の運動性が拘束されたためであることを示している。 以上の成果は、平成28年度前半には学術論文として発表される予定である。
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今後の研究の推進方策 |
現在までの研究により、固体界面におけるゴム状高分子の構造評価方法を確立することができたので、今後は基板の界面自由エネルギーやゴム状高分子の化学構造、架橋密度、架橋方法等を変えて同様の実験を行い、界面層の構造を制御するための統一的な知見を得る。 また、パルス核磁気共鳴(NMR)法、蛍光偏光解消測定に基づく試料中に添加した蛍光プローブ分子の分子運動性の評価等の他の手法による解析結果との関係も調べる。パルスNMR法は、ゴム材料メーカーをはじめ、産業的に広く利用されているフィラー界面層の評価方法であるが、その分子論的な解釈はほとんど明らかにされていない。本研究の成果をパルスNMR法の結果と対応させ、産業分野で使える知見につなげていくことにより、今後のゴム材料の飛躍的な高性能化に寄与し、ひいては自動車用タイヤ等の耐久性・安全性、ブレーキ性能、低燃費性能などの向上を通して社会に貢献できると考える。また、蛍光偏光解消法により界面におけるゴム状高分子の分子鎖熱運動特性を解析し、中性子反射率測定により観測された界面凝集層とどのように対応するかを明らかとすることで、ゴム状高分子の粘弾性特性などの具体的な物性との関係を考察する。ゴム状高分子の固体界面における構造および物性を包括的に検討することで、高分子物理学、物理化学の立場から学術的な貢献もできると考える。
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