前年度は輻射失活(蛍光)の速度(kr)と無輻射失活(熱失活)の速度(knr)がともに励起一重項状態と基底状態間の電子波動関数の重なり密度を用いて表されることに着目して、既存の有機EL材料について理論解析を実施し、重なり密度の分布と発光効率との相関を調べた。その結果、重なり密度を分子の座標中心から遠ざけるように分布させることで、knrの増大を抑制しながら、krを選択的に増大させられることを見出した。さらに、重なり密度の分布を拡大させる分子設計指針として、対称的なドナー-アクセプター-ドナー(D-A-D)型構造の構築が有効であることを見出した。本年度はこの分子設計指針にヒントを得て、A-D-A型構造を持ち、高いEL発光効率を示す青色発光材料CzXを開発した。 理論解析により、CzXの重なり密度は分子の座標中心から遠方に広がって分布しており、その結果、速いkrを示すことが示唆された。さらに、励起一重項状態と励起三重項状態のエネルギー差が小さいことから、熱活性化型遅延蛍光(TADF)を示すことが示唆された。CzXを合成し、その希薄溶液ならびに固体薄膜の光物性を測定した。過渡PL測定の結果、CzXの希薄トルエン溶液からは明確なTADFの発現は観測されなかった。これは、CzXの輻射速度が速く、光励起後に生じる励起三重項状態への項間交差が抑制されたためと考えられる。一方、CzXをホスト薄膜中にドープした混合膜からはTADFが観測され、CzXが有機ELの発光材料として有望であることが示唆された。CzXを発光材料とした青色有機EL素子を作成し、デバイス特性を評価したところ、19.9%の高い外部量子効率が得られた。この値は通常の蛍光有機EL素子の外部量子効率を大きく上回っており、CzXにおけるTADFの発現が外部量子効率の向上につながったと考えられる。
|