本研究では沸騰熱伝達において高密度な熱流束を実現する作動流体として期待されている自己浸濡性流体(温度上昇に伴い表面張力が上昇する流体)において,この性質が発現する分子レベルの機構を明らかにすることを目的として研究した.典型的な自己浸濡性流体である1-ブタノール水溶液に注目し,全原子分子動力学シミュレーションにより研究した.TIP4P/2005力場でモデル化した水分子とOPLS-AA力場でモデル化したアルコール分子からなる薄液膜を周期境界条件をかけた計算系に形成して,コンピュータ上に気液共存状態を再現した.まず,純粋な水および純粋な1-ブタノールの気液共存系で分子動力学シミュレーションを実施し,気液共存状態における諸熱力学量が正しく計算できていることを確認した.つぎに,1-ブタノール水溶液の気液共存状態を,体積・分子数一定のもと,様々な温度条件でシミュレーションした.その結果,水溶液の濃度が変化しないにも関らず,温度上昇に伴い表面張力が低下する温度範囲と,温度上昇に対して表面張力が,変化しない温度範囲を確認でき,実現象を部分的に再現できた.また,界面に吸着した 1-ブタノールの量(表面過剰量)を評価し,界面の熱力学をもとに表面張力変化を考察した.さらに,それぞれの温度範囲で気液界面に吸着した1-ブタノール分子の配向を解析し,表面張力との関係を明らかにした.以上より,1-ブタノール分子の挙動と表面張力の関係が明らかになり,将来的に表面張力の温度依存性を調整していく上での有用な知見が得られた. この成果を第54回日本伝熱シンポジウムや The Ninth JSME-KSME Thermal and Fluids Engineering Conference (TFEC9) を含む複数の国内学会・国際会議などで発表した.現在,研究をまとめたものを学術誌に投稿する準備を進めている.
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