本研究は、16世紀後半のヴェネツィアでおこなわれた公的な建設事業に着目し、その過程における議論を調査することによって、政治・外交面における大きな変革がみられた当時の社会的状況との関連を明らかにするものである。研究最終年度にあたる2019年度は、サン・マルコ広場に隣接して建設された新牢獄の建設経緯の調査を5月に実施した。その後は調査で得た一次史料の翻訳と分析を国内で継続し、新牢獄の建設に関して、計画の初期段階から反教皇派貴族が推薦したアントニオ・ダ・ポンテの案で実施することが決定されていたにも関わらず、ヴィンチェンツォ・スカモッツィが親教皇派貴族で当時十人委員会の委員長を努めていたジャコモ・コンタリーニを介して、自らの計画案を度重ねて提出したが、いずれも却下されていたことが明らかになった。 また、当該年度は研究最終年度にあたることから、総括として、これまで得られたサン・マルコ広場、リアルト地区、新牢獄といったほぼ同時期に進行した建設事業の研究成果を横断して分析した後、2020年1月、補完する史料の収集を目的にヴェネツィアで最終調査を実施した。 本研究は16世紀後半のヴェネツィアの社会的状況が都市にどのように表出したのかを解明しようとするものであったが、当時のヴェネツィアはもはや小さな島内で完結するのではなくテッラ・フェルマと呼ばれる広大な後背地をもつ都市であった。今後は本研究と同時期にヴェネツィアが主導しておこなった後背地の主要都市における建築的介入の調査・研究をすることで、そこに表出するヴェネツィアの政治的意図や、各都市との関係性を解明していく予定である。
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