陽電子消滅時間運動量相関(AMOC)法とは、従来、別々に行われている陽電子寿命法とドップラー広がり法の相関を測定する方法である。陽電子寿命法は、陽電子が捕獲されるサイトの電子密度、すなわち空孔型欠陥やそのサイズに関する情報が得られるのに対して、ドップラー広がり法はそのサイトの電子の運動量分布を測定することにより、化学情報を得ることができる。これらの相関をとることによって、欠陥と不純物・溶質原子集合体の関係、これらの複合体形成についての情報を得ることができる。例えば、原子炉圧力容器の照射脆化機構の鍵になると考えられる溶質原子クラスターと欠陥形成の相関関係が明らかになると期待される。ただ、従来のAMOC装置の時間分解能では、金属材料中の欠陥の分析には不十分であったため、デジタルオシロスコープ等を用いることで時間分解能を向上させ、実際に原子炉圧力容器鋼に適用し、欠陥と不純物・溶質原子集合体の関連性に関する情報を得ることができた。例えば、比較的古い第1世代型の原子炉容器に特徴的な銅濃度の高い鋼材(High-Cu材)では、早い陽電子消滅時間領域で銅(Cu)析出物との消滅成分が増加するのに対して、照射欠陥が支配的である遅い陽電子消滅時間領域では、Cu析出物との消滅成分が少なくなることがわかった。すなわち、照射欠陥に代表されるマトリクス欠陥は、主にCuが主成分となる溶質原子クラスターとは別サイトに形成されることが示唆された。一方、第2世代型以降の銅濃度の低い鋼材(Low-Cu材)では、陽電子消滅時間領域によって、陽電子消滅サイトが変化するような傾向は見られず、マトリクス欠陥と溶質原子クラスター(ニッケル(Ni)、マンガン(Mn)、シリコン(Si)が主成分)が同一サイトに形成、すなわちマトリクス欠陥と溶質原子クラスターの複合体を形成していることが示唆された。
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