研究課題/領域番号 |
15K18335
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研究機関 | 富山大学 |
研究代表者 |
川口 将史 富山大学, 大学院医学薬学研究部(医学), 助教 (30513056)
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研究期間 (年度) |
2015-04-01 – 2018-03-31
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キーワード | 交配前隔離 / 行動生態学 / c-fos / 神経ペプチド / 脳アトラス |
研究実績の概要 |
飼育環境下で水温と日照時間を調節したヨシノボリ個体で繁殖期を再現することができた。これにより、繁殖期以外のシーズンに河川で捕獲した個体や実験水槽内で孵化から飼育した個体を用いてお見合い実験を行うことができるようになった。現在、繁殖サイクルを回すための条件の再現性実験を行っている。 前年度までに、ヨシノボリの雄が視覚情報に基づいて雌の種を識別していることを明らかにしたため、雌の鍵刺激の同定を試みた。ヨシノボリの種間で最も顕著な違いを示すポイントは胸鰭基部の模様であるため、生きたカワヨシノボリ雌個体の胸鰭基部に墨汁を注入し、模様を潰して雄に提示した。しかし、同種雄は求愛、別種雄は攻撃行動を示したことから、胸鰭基部の模様がなくても雄は雌の種を識別できることがわかった。 前年度に引き続き、名古屋大学の山本直之教授のご協力の下、Nissl染色および神経関連因子の分布パターンを用いてヨシノボリ終脳のアトラス作成を進め、以下の二点を発見した。1) 終脳背側野中心部(Dc)に他の領域から様々な神経核が侵入しており、他の魚種には見られない複雑な神経核が形成されていた。特に、終脳腹側野背側部(Vd)に由来する細胞集団が巨大な馬蹄形の神経核を構築している他、そのやや腹側にも終脳背側野背側部巨大細胞核に由来するvGluT2a陽性の小さな細胞が集まっており、感覚を司る終脳背側野と運動を司る終脳腹側野を中継する役割を担っている可能性が示唆された。2) 終脳腹側野外側部(Vl)もまた、Vdに由来するNeuropeptide-Y陽性細胞や終脳腹側野腹側部に由来するsomatostatin-1B陽性細胞など、様々な領域に由来する細胞の集合体であることがわかった。さらに、VlからDcに侵入して馬蹄形の神経核の構築に参加する細胞集団も見いだされた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
飼育環境下でヨシノボリの繁殖サイクルを人工的に調節できる目処が立った点が、非常に大きい。これまで、繁殖期の河川からヨシノボリを捕獲していたため、河川で産まれる次世代個体の数に対する負担が大きかった。しかし、繁殖期が終わって次世代個体が孵化した後に成体を捕獲することで、環境負荷を可能な限り小さくすることができる。また、実験室内で孵化させた個体を生育し、人工的に繁殖期を迎えさせることができれば、これまでより多くの個体を用いた実験が可能になるであろう。以上の事から、今後の研究を進めていく上で非常に有用な一歩を進められたと考える。 雄が雌の種を識別する際に用いる鍵刺激の同定にあたって、生きた個体を用いた解析を進める方策が見つかったことも大きい。前年度、雌の模型を作成して雄に提示したが、同種の体表模様を模した模型でも雄に威嚇されてしまった。これを受けて、生きた雌個体の体表模様を人為的に改変する手法に切り替えたことで、生きた個体の動きを伴った雄の反応を観察できるようになった。今後は、この戦略を引き継いで鍵刺激の同定を進めていく予定である。 Nissl染色と神経関連因子の分布パターン解析を併用することで、脳アトラスの作成がより深く進んだ。この結果、終脳領域における細胞の分布が明確になり、ハゼ科魚類に特有なDcに食い込んだ神経核の正体を明らかにすることに成功した。さらに、二重in situ hybridizationを用いて、ヨシノボリの脳で二種の遺伝子の発現パターンを同時に可視化する手法をある程度確立することができた。今後、行動に伴って活動した神経細胞をc-fosの発現パターンを指標に可視化する手法と併用しつつ、求愛・攻撃に際して活動した神経細胞の働きを同定していく予定である。 以上のことから、平成28年度は概ね順調に進展したと考える。
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今後の研究の推進方策 |
これまでの研究から、ヨシノボリの繁殖期には16℃付近の水温が最適なことがわかってきた。これまで、愛媛大附属高校の松本浩司教諭との共同研究では、室内クーラーのみを用いて19℃付近の水温を保ってきたが、繁殖期に適した個体を維持するためには、愛媛大附属高校にクーラー水槽を設置する必要がある。そこで、本年度の予算枠から、愛媛大附属高校に設置するクーラー水槽一式出費を請求している。 ヨシノボリの雄は雌の胸鰭の模様が異なっていても、雌の種を識別できたことから、鍵刺激となる視覚情報は別に存在することが示唆される。そこで今後は、体表全体の色合いが鍵刺激となる可能性を検証する。具体的には、お見合い実験の際に水槽内を照らす照明に色つきセロハンを貼り、ヨシノボリが見る色合いを改変して雌を提示する。また、特定の波長の光をカットするカラーフィルターを用いて、特定の波長域が鍵刺激の近くに関与している可能性を検証する。 これまでに、視索前域や下垂体前葉におけるエストロゲン受容体(ER)の発現する領域と、求愛行動特異的に活動した細胞が局在している領域が類似している可能性が示唆されている。そこで今年度は、c-fosとERの二重in situ hybridizationを行い、細胞レベルで発現の重なりがあるのかを検証する。また、ヨシノボリ雄の脳内にエストロゲン受容体の阻害剤であるタモキシフェンやアロマターゼ阻害剤を投与し、同種雌に対する雄の求愛行動に変化が生じるかどうか、検証する。魚類の脳内への薬剤投与に関しては、本学理学部生物学科の松田恒平教授が習熟されているので、助言をいただくことが可能である。脳内投与のための器材については、本年度の予算枠からの出費を請求している。
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次年度使用額が生じた理由 |
2015年度の研究から、水温の調節によってヨシノボリの繁殖期を制御できる可能性が示唆された。クーラー水槽を導入するには高額を要するが、繁殖サイクルの回転を実際に確認した上で導入したいと考えた。このため、クーラー水槽を購入するための費用を次年度に繰り越す形となった。
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次年度使用額の使用計画 |
2016年度の研究で、水温の調節によってヨシノボリの繁殖期を制御できることを実際に確認したため、クーラー水槽の導入を決定し、研究費の使用計画に計上した。
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