研究実績の概要 |
音声や歌は,異なる運動要素を順序正しく,正確なタイミングで組み合わせて作られる運動である.この複雑な運動を正確に行うには,順序情報とタイミング情報を正確に作り出す神経機構が必要である.本研究では複雑な順序規則を持つ歌を覚え,正確に歌う能力を持つ鳴禽類(小鳥)を用い,脳が順序情報とタイミング情報を正確に作り出す神経基盤を明らかにすることを目的とした. 小鳥の歌に特化した領域の一つに,前運動野に相当するHVCがある.運動皮質に投射するHVC投射神経の活動を順番に並べると,歌の間に波のように伝播するシークエンス様の活動が図示できる.このタイプの投射神経は,歌の中で高々一度だけバースト発火する.一つ一つのバースト発火は,歌の音素(syllable)に対して,数ミリ秒の精度で正確である.このバースト発火の連鎖が作る,正確な発火パターンは,申請者が理論的背景を研究していたSynfire Chainと呼ばれるモデルから予想されるパターンと一致していた.この実験から,HVCの神経活動はSynfire Chainによって作られると期待されており,これを支持する証拠も幾つか存在する.ただし,そのチェーン構造はHVCの中にあるのか (局所チェーンモデル),それともHVCを含んだ脳全体の大域的ループ構造に埋め込まれているのか(大域チェーンモデル),は不明であった.モデル研究者の多くは,HVCにチェーンが局在すると考えていた. ところが,本研究にで行った脳の温度操作実験および膜電位記録実験の結果は,すべて大域チェーンモデルを示唆するものであった.さらに数値計算により大域チェーンモデルと局所チェーンモデルを作成したところ,大域モデルでは観測されたデータを再現できるが,局所モデルでは再現できない事が明らかになった.これらの結果は,Hamaguchi et al., Neuron 2016に発表された.
|