本研究では音刺激を繰り返し与えることでグリシン作動性シナプスの増強が起きることが報告されているマウスナー細胞をモデルとして、グリシン作動性シナプス増強を誘導する分子機構とそれをもたらすシナプス入力を明らかにすることを目指した。 平成27年度には、繰返し音刺激はマウスナー細胞上のシナプス部位にグリシン受容体を集合させること、マウスナー細胞でのCaMKII活性化がシナプス部位へのグリシン受容体集合を促進することを示す結果を得た。また、抑制性シナプスの足場タンパク質であるゲフィリン中の特定のセリン残基がCaMKII依存的にリン酸化されることを明らかにした。 平成28年度には、CaMKII依存的なゲフィリンのリン酸化が、ゲフィリンとグリシン受容体の結合を強めることをin vitroでの解析により明らかにした。また、このCaMKII依存的にリン酸化されるセリン残基をアスパラギン酸に置換することで疑似的にリン酸化状態したゲフィリンをマウスナー細胞に発現させることで、シナプス部位へのグリシン受容体集合を促進することに成功した。このグリシン受容体集合はグリシン作動性シナプス伝達の阻害とNMDA受容体活性化の阻害によって抑制されることを示す結果を得た。 聴覚神経は、マウスナー細胞にグルタミン酸作動性シナプス伝達を与えるとともに、グリシン作動性介在神経を興奮させることで、マウスナー細胞にグリシン作動性シナプス伝達を与えている。この興奮性入力と抑制性入力のバランスがマウスナー細胞の興奮性を調節していることが知られている。 本研究で得られた結果は、マウスナー細胞に対する興奮性と抑制性の両方の入力が繰り返し起こることで活性化したCaMKIIに依存してゲフィリンがリン酸化されることで、シナプス部位へのグリシン受容体集合が促進され、それによってグリシン作動性シナプス伝達が増強されることを示唆している。
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