1979年に発見された転写因子p53は、最も高頻度に変異が見られるがん抑制遺伝子である。近年、アミノ酸などの代謝制御がp53によるがん抑制システムにおいて重要な役割を担っていることが明らかにされつつある。しかしp53による代謝制御メカニズムの全容は明らかにされていない。申請者らはp53による代謝制御メカニズムを解明することを目的として、transcriptomeおよびproteome 解析を行い、p53によって制御される新規代謝関連遺伝子の同定を試みた。その結果、アルギニン合成経路の律速酵素であるArgininosuccinate synthase 1 (ASS1)がp53によって直接制御されていることを見出した。申請者らはp53-ASS1経路はgenotoxic stress存在下においてアルギニン合成を促進するために必要であり、この経路が抑制されるとgenotoxic stressに対する感受性が高くなることを細胞およびマウスの実験で明らかにした。この感受性の増加はアルギニン不足に起因するものであり、細胞外からのアルギニン供給と細胞内でのアルギニン合成能を独立したinputとして定義した場合、genotoxic stressに対する感受性は否定論理積(NAND gate)で表されることも明らかにしている。さらに申請者らはAktの活性レベルがアルギニン欠乏下で著しく上がること、さらにその活性レベルはASS1欠損細胞において相乗的に増加することから、p53によるASS1の発現誘導はAktの活性レベルを抑制するために重要であることを明らかにした。p53はこれまでにPTENやPHLDA3の発現誘導を介してAktの活性に対して抑制的に働くことが知られているが、今回申請者らはこれに加えASS1が三本目の矢としてAktの抑制に働くことを明らかにした。以上の結果から、本研究ではアルギニン代謝がp53によるがん抑制メカニズムにおいて重要である可能性を示唆している。
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