研究課題
がん抑制遺伝子は、悪性進展過程において高頻度に不活性化されることが観察されている。これまでに我々は、p53とRb両欠損背景に限り、甲状腺C細胞癌中に幹細胞様の集団が出現することを見出している。本年度は、新たにp53欠損マウス由来の肉腫細胞のRb追加欠損モデルを樹立し、がん幹細胞様集団を濃縮することで、その代謝動態を解析することを試みた。グルコースおよびグルタミン代謝周辺部を中心に細胞内代謝物を測定し、多変量解析を行ったところ、Variable Importance in Projectionのスコア上位に解糖系中間体が多数入っていた。さらに、RNAシーケンスにより遺伝子発現を解析した結果、Rb不活性化によるがん幹細胞様集団において解糖系酵素Pgam2の発現が著しく低下していることを見出した。また、代謝物の蓄積パターンを解析すると、グルタミン代謝経路に特徴が観察されたことから、放射性同位体標識グルコースおよびグルタミンを用いて新規脂質合成に利用される炭素源を解析したところ、Pgam2の発現低下により炭素源がグルタミンにシフトすることが明らかになった。次に、グルタミン代謝をより詳細に解析するために、5位に安定同位体炭素が標識されたグルタミンを用いて、その代謝物の細胞内分布を解析した結果、がん幹細胞様集団は、低酸素条件下に類似したグルタミン代謝動態をもつことが明らかになった。次に、Pgam2を介した代謝リモデリングががん幹細胞様集団の造腫瘍能およびスフェア形成能に与える影響を検討した。Rb欠損細胞にPgam2を過剰発現させると、スフェア形成能および造腫瘍能が著しく抑制されたことから、細胞機能にPgam2を介した代謝リモデリングが関与していると示唆された。以上の結果より、がん幹細胞様集団の代謝動態と細胞機能の関係を繋ぐ重要な知見がえられたと考える。
2: おおむね順調に進展している
本計画の研究目的は、「がん幹細胞特異的代謝がその機能維持に果たす役割」と「特異的代謝誘導の分子メカニズム」を明らかにすることである。本年度は、複合的な解析により、がん幹細胞様集団に特異的な代謝がPgam2の発現低下によって誘導されることを明らかにした。このことから、本計画の目標1「モデルがん幹細胞特異的なグルコースおよびグルタミン代謝動態の解明」を十分に達成したと考える。また、放射性同位体ラベルグルコースおよびグルタミンを用いた解析より、代謝切り替え点としてPgam2が機能していることを明らかにした。一方で、細胞膜透過性代謝物を用いたがん幹細胞の代謝および機能制御に関して、ポジティブな結果が得られなかった。しかしながら、Pgam2過剰発現によりRB欠損細胞のスフェア形成や腫瘍形成が抑制されることを明らかにできたことから、本計画の「モデルがん幹細胞のグルコース・グルタミン代謝動態と細胞機能の関係の解析」を達成したと考える。そのため、平成27年度の研究計画は、Rb不活性化によって誘導されるがん幹細胞集団の代謝動態の解析とその分子機序の解明において概ね順調に進展したと考える。
本年度は、がん幹細胞集団の代謝動態とその制御分子の解明を進めた。その中で、細胞膜透過性代謝物ががん幹細胞機能に影響しなかったことから、がん幹細胞様集団維持に関わる代謝の本態が、Pgam2上流の代謝物の利用によるものであると推測した。次年度は、Pgam2上流の酵素に注目し、Pgam2発現低下による代謝リモデリングにより、代謝物の流れが集中する経路の特定を試みる。また、Rb依存的な細胞分化に伴ってPgam2の発現が誘導されることに注目して、Pgam2発現調節機構の解析に着手する。パブリックデータベースにあるRb-chipシーケンスのデータを活用し、Pgam2がRb制御下で正の転写調節を受けるかどうか検討する。また、Rbは種々のクロマチン修飾分子と相互作用することから、クロマチン制御を介した発現制御に着目して、Rb欠損に伴うPgam2発現調節領域のヒストン修飾の変化をpChIPアッセイにより解析する予定である。さらに、モデル細胞における代謝様式のヒトがん幹細胞への外挿と生理的意義の解明に着手する。パブリックデータベースにある発現解析データより、Pgam発現低下が観察される癌種を絞り込み、RB発現とPgam発現の相関を検討する。また、その癌細胞株でRBを追加欠損した際のPgam発現及び代謝動態についても次年度計画に従って解析をすすめる。
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