研究実績の概要 |
遺伝情報を子孫の細胞に間違いなく伝承するためには、DNAを正確に複製する必要がある。このDNA複製のステップは細胞周期に1回だけ生じるように厳密に制御されており、その破綻は細胞死やがん化を引き起こす。一方、このような通常のDNA複製から逸脱した現象(非通常型DNA複製)が様々な生物種・細胞種で知られており、発生分化などの生理的な現象や細胞のがん化といった病理的な現象に関連があるが、その分子メカニズムはよく分かっていない。 私はこの非通常型DNA複製の分子メカニズムや意義を明らかとするため、通常のDNA複製を司るMCM2-7複製ヘリカーゼを迅速に壊してDNA複製を阻害し、それに対する細胞の応答を観察する系を構築することを試みた。このためにまず、目的タンパク質をごく短時間に分解できるオーキシンデグロン法をヒト細胞で容易に利用できる方法を確立した(Natsume et al. Cell Reports、2016)。次に、この方法を用いてMCM2-7複製ヘリカーゼを破壊した結果、MCM2-7非存在下でも、そのパラログであるMCM8-9ヘリカーゼに依存した形でDNA合成が再開されるという、新しいタイプの非通常型DNA複製を見い出した。私達はこの経路が、紫外線や抗がん剤などによってMCM2-7複製ヘリカーゼの進行が阻害された際、DNA複製を再開させるための細胞のバックアップシステムであると提唱した(Natsume et al. Genes & Dev, in press)。MCM8-9ヘリカーゼが、正常細胞においては、自然に生じる複製障害に対処して細胞死やがん化防ぐ一方、がん細胞においては、抗がん剤への抵抗性を高めている可能性が考えられる。MCM8-9ヘリカーゼの阻害剤を開発すれば、既存の抗がん剤の作用をさらに高めることができるかもしれない。
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