タンパク質やその周囲の溶媒の水素原子を含めた構造情報を取得することは、タンパク質の機能の本質を理解するために必要不可欠である。中性子回折は、水素原子のような軽原子の検出に有効な手法である。タンパク質結晶を用いた中性子回折実験では、バックグラウンドを低減するため、通常結晶を重水環境に置換してデータ収集行う。また、照射による結晶の劣化を無視できるため、室温でのデータ収集も可能となる。そのため、タンパク質の中性子構造解析によりその機能を議論する上では、重水置換や測定温度による影響を明らかにすることが重要な課題となっている。そこで本研究では、測定条件による影響の実態を解明することを目指す。 平成28年度は、これまでに大強度陽子加速器施設J-PARCで取得した中性子回折データの精度向上を図るため、回折データ処理法の検討を行った。回折点強度データの補正方法を検討することで、これまで問題となっていた高分解能側で回折点強度の平均値が増加する傾向を改善することに成功した。 研究期間全体を通じては、高分解能の中性子構造解析を行うことで、タンパク質表面の解離性アミノ酸残基のプロトン化状態が周囲の溶媒分子の影響を受けていることが明らかとなった。また、結合距離の制約を緩めた立体構造精密化を実施したことにより、水素結合距離によって水素原子位置が変化することを明らかにした。このように、これまで捉えることのできなかった水素原子を含めたタンパク質の高精度立体構造解析を達成できたことにより、測定条件による影響の実態解明が可能となるだけでなく、タンパク質の機能や物性の理解においても重要な情報を取得することができた。
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