研究課題/領域番号 |
15K18496
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研究機関 | 国立研究開発法人理化学研究所 |
研究代表者 |
長江 雅倫 国立研究開発法人理化学研究所, 糖鎖構造生物学研究チーム, 研究員 (60619873)
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研究期間 (年度) |
2015-04-01 – 2017-03-31
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キーワード | 糖鎖生物学 / 構造生物学 / X線結晶構造解析 |
研究実績の概要 |
筋ジストロフィーは進行性の筋力低下を伴う重篤な遺伝子疾患の総称であり、基底膜上のα1ラミニンと筋細胞表面のジストログリカン複合体との結合が損なわれることで生じる。α1ラミニンはジストログリカン複合体内のα-ジストログリカン(α-DG)上のO-マンノース型糖鎖依存的に結合しており、糖鎖合成の異常が病状に直結している。こうした重要性に比してα1ラミニンとα-DG特異的O-マンノース型糖鎖との相互作用や糖鎖生合成に関する構造生物学的知見は得られていない。本研究の目的は(1)α1ラミニンとα-DG特異的O-マンノース型糖鎖との相互作用様式、および(2)O-マンノース型糖鎖生成に関わるSGK196のリン酸基転移反応を構造生物学的研究によって明らかにすることである。 初年度は、このうち研究目的2のSGK196触媒ドメインのX線結晶構造解析に注力した。SGK196は細胞内腔で働く酵素であるため、動物細胞の発現系が必要である。我々はまず野生型触媒ドメインを動物細胞の発現系を用いて作成し、質量分析を用いた翻訳後修飾解析を行った。その結果、触媒ドメイン中の三か所のN結合型糖鎖修飾部位のうち、二箇所で不均一な糖鎖修飾が見られることを発見した。こうした不均一性は結晶化の障害になると考え、部位特異的変異体を作成し、発現コンストラクトの最適化を行った。その後、Expi293F細胞を用いた浮遊細胞の大量発現系によって変異体触媒ドメインを大量に調製し、精製したのち、結晶化の初期スクリーニングを行った。現在は結晶化条件の最適化を行っているところである。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
初年度は研究目的2のSGK196触媒ドメインの結晶構造解析に注力した。SGK196は細胞内腔の酸化的環境で働く糖蛋白質であり、構造解析の難易度が比較的高い。我々は動物細胞であるHEK293細胞の発現系を用いて触媒ドメインの大量発現を行った。その結果、得られた精製蛋白質のSDS電気泳動を行ったところ、不均一な複数のバンドが観測された。SGK196触媒ドメインには三か所のN結合型糖鎖修飾部位がある。このためサンプルの不均一さはN型糖鎖の不均一な修飾であると考えられた。そのため質量分析を用いて詳細な糖鎖修飾解析を行い、三か所のN結合型糖鎖の付加割合を概算した。その結果、二箇所の糖鎖修飾に不均一さが見られたため、糖鎖修飾部位が欠失した二重変異体を作成し、再度大量培養を行った。現在はこのコンストラクトを用いて結晶化実験を行っている。結晶化実験によって粗結晶が既に得られており、今後はさらなる結晶化条件の検討を行う予定である。 また研究目的1については進展がやや遅れているが、これはα-DG上の糖鎖構造決定が予想以上に難航していることに起因する。現在、α-DG上の糖鎖構造決定は日米欧の複数のグループによる国際的に激しい競争によって進められているが、極めて難易度の高いテーマである。しかし最近、共同研究者である日本のグループによって、ごくわずかの部分を除いて糖鎖構造が解明された(Kanagawa et al., Cell Reports 2016)。今後はこれらの知見を基にリガンド糖鎖を調製し、目的であるα1ラミニンLGドメインとの複合体のX線結晶構造解析を行う予定である。
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今後の研究の推進方策 |
まず研究目的1については、共同研究者である神戸大学戸田教授らのグループによりα-DG上の詳細な糖鎖構造決定が進められており、その進捗を受けて研究を進める予定となっている。具体的には糖鎖構造決定後、一連の修飾糖鎖とラミニンとの相互作用を生化学的に測定し、ラミニンとの最小結合部位を決定する。その後、最小結合部位の糖鎖を生化学的に、あるいは化学合成によって調製し、ラミニンの糖鎖認識部位であるLaminin G(LG)ドメインとの複合体のX線結晶構造解析を行う予定である。ラミニンのLGドメインは大腸菌の発現系で大量調製する予定であるが、もし困難な場合はHEK293細胞またはCHO細胞などの動物細胞の発現系を使用する予定である。またα-DG上の糖鎖にはラミニン以外にもニューレキシンのLGドメインと結合することが知られている。このためニューレキシンのLGドメインについても同様に複合体のX線結晶構造解析を行う予定である。ニューレキシンのLGドメインは既に大腸菌の発現系によって活性のある蛋白質が大量に得られている。 一方、研究目的2のSGK196触媒ドメインの結晶構造解析については、基質のない状態(アポ体)および基質糖鎖を含んだ状態の二種類の構造決定を行う予定である。上記のように我々は既に均一なSGK196触媒ドメインを大量に調製することに成功している。このため次年度は結晶化条件の最適化を最優先事項として取り組む予定である。基質との複合体の構造解析に関しては、既にSGK196の基質糖鎖を共同研究先である健康長寿医療センターの萬谷博士より提供を受けている。このためアポ体の構造決定後に速やかに複合体の構造解析に移行する準備ができている。
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次年度使用額が生じた理由 |
当初予定していた次年度使用額との間に差額が生じたのは、ひとつには研究目的1の遂行が若干遅れているためである。これはα-DG上の詳細な糖鎖構造決定が国際的な競争にも拘らず未だに難航していることに由来している。しかし共同研究者である神戸大学の戸田教授らのグループによってついに構造決定に道筋がついたため、次年度は当初予定していた研究を遂行する。また研究目的2については、創薬プラットフォーム支援事業による認定を得られたため、横浜市立大学の禾准教授らのグループからSGK196触媒ドメインの動物細胞を持ちいた大量発現系の構築や蛋白質精製などで多大なる援助を得ることができた。このため当初の使用額との間に差額が生じることとなった。
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次年度使用額の使用計画 |
当初の研究計画1-1であるLARGE型糖鎖に関する溶液NMR測定を用いた糖鎖コンフォメーション解析、1-2である安定同位体標識したα1ラミニンのLG5ドメインとLARGE型糖鎖およびヘパリン、ポリシアル酸、コンドロイチン硫酸などの細胞外マトリックスるとのNMR滴定測定実験、および1-3のα1ラミニンのLG5ドメインとLARGE型糖鎖との複合体のX線結晶構造解析の項目が現在のところ遅れている。このため次年度はこれらの研究費用として計上していた消耗品費、設備費などを使用する予定である。
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