研究課題/領域番号 |
15K18536
|
研究機関 | 東北大学 |
研究代表者 |
梅津 大輝 東北大学, 生命科学研究科, 助教 (60620474)
|
研究期間 (年度) |
2015-04-01 – 2018-03-31
|
キーワード | コンパートメント境界 / 細胞の選り分け / 細胞間認識 / トランスクリプトーム解析 |
研究実績の概要 |
組織を区画化することは多細胞生物の発生に共通の原理である。発生過程において、一つの組織内においても細胞の自由な混ざり合いがある区画内に制限されることがある。このような区画はコンパートメントと呼ばれる。コンパートメント境界を維持するための細胞間のシグナル伝達、物理的特性、細胞動態などが次々と明らかにされてきている一方で、細胞の混ざり合いを防ぐ実行因子は同定されておらず、細胞間の接触面における局所的な相互作用を制御するメカニズムの理解までは至っていない。網羅的遺伝子発現解析、遺伝子工学、生物物理学などを組み合わせ、多角的にアプローチすることで、組織構築の統合的な理解をめざす。ショウジョウバエの翅は翅原基とよばれる上皮組織から生じる。 翅原基は発生を通じて前部(A)/後部(P)コンパートメントに分かれ、コンパートメント境界はまっすぐに維持される。本研究ではまず、細胞によるコンパートメント境界の認識に関わる候補遺伝子の探索をする目的で、トランスクリプトーム解析による網羅的解析を行った。文献情報との照合によりTollファミリーに注目し、同ファミリーに属する9つの遺伝子のうち4つが翅原基に発現していることが明らかになった。発現レポーターの解析から、中でも特にToll-1遺伝子はPコンパートメント側でより強い発現を示し、コンパートメント境界の維持と深い関連があることが示唆された。同様の発現パターンは異なる上皮組織である腹部上皮でも認められた。RNAiによる機能阻害によって有意にコンパートメント境界が乱れることが示された。以上から、Toll-1のコンパートメント特異的な発現パターンが境界の維持に重要な働きを示すことが示され、これまで全く未知であった境界維持の実行因子を初めて同定することができた。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
コンパートメント境界を維持する分子メカニズムを明らかにすることをめざし、トランスクリプトーム解析による網羅的解析に加え、機能的に関連が高いと見られる分子に的を絞って関連する遺伝子の探索を行った。トランスクリプトーム解析においては、A及びPコンパートメントに由来する細胞間で発現に差異が見られる遺伝子の同定をめざした。P細胞特異的に蛍光タンパク質Venusを発現するコンストラクトを用い、翅原基から蛍光フローサイトメトリーでVenus陽性と陰性の細胞を分取した。続いて、それぞれの細胞集団から全RNAを抽出しRNA-seqを行った。過去の文献に基づいた情報との照合により、細胞間の認識に関わることが示唆されているToll遺伝子群に注目し、翅原基において発現量が高かったToll-1、Toll-2、Toll-7、Toll-8の4遺伝子を候補として絞った。候補遺伝子を過剰発現する体細胞クローンをモザイク状に誘導した際のクローンの形態から、これらの遺伝子の発現レベルの違いによって細胞が選り分けられうることが示された。さらに、 レポーター遺伝子の解析から、Toll-1はPコンパートメントで発現レベルが高く、コンパートメント境界を境として明確な発現の差異が認められた。別の上皮組織である腹部上皮ではより顕著にPコンパートメント特異的な発現が見られた。Toll-1に対するRNAiによって機能阻害を行ったところ、コンパートメント境界が有意に乱れた。以上から、コンパートメント境界の発見からおよそ50年の歴史の中で初めてコンパートメント境界の維持に関わる実行因子を同定することができた。さらに、免疫細胞による異物表面認識に関わるToll遺伝子群が細胞の選り分けや組織境界の維持に関わるという報告は前例がなく、今後の展開からToll分子を介した細胞間認識の新規の役割やその作用機序の解明が期待される。
|
今後の研究の推進方策 |
Toll-1、Toll-2、Toll-7、Toll-8の4遺伝子は、いずれも発現量の違いによって細胞の選り分けを引き起こすことが明らかになった。特に、Toll-1のレポーター遺伝子の発現パターンはこの遺伝子がコンパートメント境界の維持に関わることを強く示唆するものであった。Toll-1のコンパートメント境界維持における働きは別の上皮組織である蛹期の腹部上皮における発現パターンからも支持された。さらに、Toll-1の機能阻害によってコンパートメント境界が乱れることから、今後はToll-1の機能解析を中心に研究を推進していく予定である。先行研究から、境界の維持には細胞内における局所的な張力の制御が関わり、そこにはアクチン細胞骨格のリモデリングや動態の制御が重要な役割を担っている可能性が示唆されている。CRISPRによるゲノム編集技術によってVenusノックイン系統を作製し、Toll-1分子の細胞内局在、細胞内動態、そしてアクチン細胞骨格の動態との動力学的相関を解析することで、分子動態レベルの制御機構が組織レベルの形態形成機構を制御するメカニズムを解明したい。また、上述の4遺伝子が重複して機能している可能性を検証するために、複数遺伝子の同時ノックダウンや細胞内動態解析を行い、Toll遺伝子群が関わる細胞間認識機構の新たな役割とその分子機序の解明をめざすとともに、パターン形成の最も根幹にあるコンパートメント境界維持メカニズムについて全貌を明らかにすることを目指す。
|
次年度使用額が生じた理由 |
機能解析を行う候補遺伝子の絞り込みを行う際に、文献から得た知見を活用することで当初の研究計画と比較して効率的に行うことができた結果、研究にかかる直接経費を節約することができた。論文投稿までにはいくつかの補足的な実験が必要であること、学会発表などを通じてより客観的なフィードバックを得ることが重要であるとの理由から次年度使用額が生じた。
|
次年度使用額の使用計画 |
論文投稿までに必要な実験を遂行するための物品費と、客観的なフィードバックを得るために学会や研究集会で発表を行うために必要な旅費及び参加費、論文執筆の際に必要な文献の収集にかかる費用などに使用する計画である。
|