研究課題
本研究の目的は、卵母細胞に豊富に存在する母性効果因子を用いて、分化全能性を有した幹細胞へのリプログラミングおよびその獲得メカニズムについて解明することである。初年度では当初の計画に基づき、22種類の母性効果因子の遺伝子クローニングを行い、レンチウイルスベクターに組み込んだ。次に、HEK293細胞を基本としたパッケージングシステムを用いてこれらレンチウイルスを作製、濃縮し、実際にこれらのタンパク質が発現することをウエスタンブロッティングにより確認した。次に、マウス胚性繊維芽細胞(MEF細胞)へ、山中4因子とともに母性効果因子を一つずつ発現させ、iPS細胞へのリプログラミング効率を測定するとともに、iPS細胞の状態の違いについて解析を行った。その結果、すでにiPS細胞へのリプログラミング効率を上昇させると報告されているGlis1の他に、いくつかの母性効果因子がリプログラミングの効率を上昇させることを発見した。上記のように山中4因子と母性効果因子を組み合わせて作製した個々のiPS細胞について、全能性の遺伝子マーカーとなりうる胚2細胞期に特異的に発現する遺伝子群(Zscan4、Dub1、Tsctv3など)の発現レベルを、山中4因子のみで作製したiPS細胞と比較した。これにより、母性効果因子が2細胞様細胞特異的な発現と分布を増加させるかどうか、そして分化全能性を持つ状態までES細胞をリプログラミングすることが可能かどうかについて検討した。その結果、2細胞様細胞の分布を有意に増加するいくつかの母性効果因子を同定することに成功した。これらの母性効果因子は、リプログラミングおよび全能性獲得に重要である可能性が高い。
1: 当初の計画以上に進展している
本研究の初年度では当初の計画に基づき、まず複数報告されている母性効果因子の遺伝子クローニングを卵母細胞より抽出したRNAを用いて行い、発現効率の良いレンチウイルスベクターに組み込んだ(研究計画①)。予定していた22個の遺伝子すべてについてcDNAクローニングに成功し、これら母性効果因子を全てテトラサイクリン誘導性(Tet-on)のレンチウイルス発現ベクターへサブクローニングを行った。また、MEF細胞へ山中4因子とともに母性効果因子を一つずつ発現させ、iPS細胞へのリプログラミング効率を測定した(研究計画②)。まず、2種類のトランスジェニックマウス(Nanog-GFPおよびStella-ECFPマウス)より胚性繊維芽細胞(MEF細胞)を採取した。これらMEF細胞に、山中4因子とともに母性効果因子をそれぞれ発現させ、GFPあるいはECFP陽性のiPS細胞のコロニー数を測定及び、フローサイトメトリーによってiPS細胞の数を測定した。その結果、幾つかの母性効果因子がリプログラミングの効率を上昇させることを明らかとした。現在、さらにウイルスのタイター(力価)や培地の組成、低分子化合物の付加などを検討し、条件の最適化を行っている。ES細胞内では、数%の細胞において胚の2細胞期に特異的な遺伝子(Zscan4など)の発現が見られる。そこで、母性効果因子が2細胞様細胞特異的な発現と分布を増加させるかどうか、そして、分化全能性を持つ状態までES細胞をリプログラミングすることが可能かどうか検討した(研究計画③)。Zscan4の発現を主な指標として解析を行う事とし、リアルタイムPCRによるZscan4 mRNAの定量、また抗Zscan4抗体を用いた細胞の染色およびフローサイトメトリー解析を行った。その結果、2細胞様細胞の分布を有意に増加する幾つかの母性効果因子を同定することに成功した。このように本研究は順調に推移しており、現在のところ特に問題点はない。
今後、MEF細胞からiPS細胞へのリプログラミングについて、さらに複数の母性効果因子の組み合わせや、山中4因子を用いない母性効果因子のみで行うリプログラミングについても検討し、リプログラミングおよび全能性獲得に重要な母性効果因子についてさらに同定を試みる。次に、今回平成27年度に新規に同定されたリプログラミングの効率を上げる母性効果因子および、2細胞様細胞の分布を有意に増加する母性効果因子を用いてリプログラミングされたiPS細胞が、分化全能性を持つかどうか調べる。つまり、これらの細胞が栄養外胚葉(trophectoderm)および胎盤組織の細胞の発生に寄与するかどうか検討する(研究計画④)。このときiPS細胞由来の細胞であることを示すため、全身にEGFPを発現するCAG-EGFPトランスジェニックマウスから採取したMEF細胞を用い、上記の母性効果因子を用いてiPS細胞を作製する。これら細胞を野生型マウスから採取した初期胚と混合させて、まず胎盤胞(blastocyst)まで成長させる。このとき、GFPによって印を付けた細胞が、胎盤胞周辺に位置する栄養外胚葉の細胞に寄与しているかどうか観察する。寄与している可能性のあるキメラ胎盤胞について、さらに仮親マウスの子宮へ移植し、キメラマウスの胎児・胎盤を作製する。このとき胎児の全身及び胎盤へGFPの蛍光が存在するかどうか観察する。最後に、全能性獲得に最も重要な母性効果因子について、その分子メカニズムの解明を目指す(研究計画⑤)。この母性効果因子は、転写因子あるいは転写共役因子である可能性が高く、そのゲノムDNAへの結合やエピジェネティクスの変化について、ChIP-Seqを中心とした次世代シークエンサーによる解析を行う予定である。
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PLoS One
巻: 11 ページ: e0147979
10.1371