本研究は,インド洋と西太平洋の深海化学合成生物群集の交流を地理的に分断した過程を明らかにするため,分子系統解析とプランクトン幼生の生態的特徴に基づき遺伝子交流可能範囲を推定した.本研究および関連する研究によって,複数の分類群に関してインド洋と西太平洋をはじめとする深海化学合成生物群集に分布する系統群を中心とした分子系統解析が実施され,インド洋と西太平洋に分布する系統群が必ずしも姉妹群を形成する訳ではないことが明らかになってきた(Watanabe et al. 2018など).つまり,本研究開始の時点で提唱していた「インド洋と西太平洋の生物群集の姉妹性」は,アルビンガイ類など一部の分類群では成り立つものの,必ずしも全ての分類群に対しては成り立たないということが明らかとなった.さらに,分子系統解析が実施された系統群の多くは南極還流の形成によって系統が分断されたことが示唆された.従って,深海化学合成生物群集においては,本研究で提唱していた海洋の陸地化に伴う系統群の分断および種分化よりも,プランクトン幼生の輸送を左右する海洋構造の変化の方が,海洋生物の種分化さらには多様化に対して,より大きな影響を与えていることが示唆された. 本研究の実施期間中,分類の専門家と協力し,西太平洋およびインド洋の深海化学合成生物群集から5つの新種,および2種の希少種の分布を報告することができた.このことにより,化学合成生物群集をはじめとする深海生物の系統地理および種分化・生物多様性についての知見を蓄積することができた.
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