研究課題/領域番号 |
15K18618
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研究機関 | 国立研究開発法人 森林総合研究所 |
研究代表者 |
向井 裕美 国立研究開発法人 森林総合研究所, 森林昆虫研究領域, 特別研究員(PD) (70747766)
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研究期間 (年度) |
2015-04-01 – 2018-03-31
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キーワード | 昆虫の胚 / コミュニケーション / 孵化 / 物理的刺激 / 亜社会性ツチカメムシ類 |
研究実績の概要 |
本研究課題は、「昆虫における情報利用様式の理解を胚(卵のなかの子)という対象にまで拡張し、親-胚間コミュニケーションシステムの進化背景を含む包括的な理解を進める」ことを目的としている。そのため本研究では、雌親が卵塊を保護する亜社会性を有するフタボシツチカメムシを主な材料として扱う。平成27年度は、卵のなかにおける胚の動態を詳細に観察し、親とのコミュニケーションにおいて利用される胚由来のシグナルの特定とその機能解明を目指した。 フタボシツチカメムシの胚について、孵化直前の様子を顕微鏡下で観察したところ、卵内において律動的な動きを示す様子が確認された。変位計を用いた詳細な測定により、このような胚の動きは発生が進むにつれて徐々にパターン化されていき、最終的に卵塊全体で同期する傾向にあることがわかった。発生後期の卵塊を冷凍して胚の動きを止め、雌親に再び提示すると、雌親は卵塊を抱えたものの孵化のための振動行動を示さなくなった。以上の結果から、胚の律動的な動きが、本種の孵化時における親-胚間コミュニケーションを成立させるシグナルとして機能している可能性がある。 また、近縁種ミツボシツチカメムシにおいても同様に、卵塊を保護する雌親が孵化時に振動することが確認された。ミツボシツチカメムシとフタボシツチカメムシの卵保護雌について、それぞれの卵塊を入れ替えたところ、雌親はそれぞれの卵塊の孵化タイミングに併せて振動を開始した。発生に伴い獲得される胚の動きのパターンは、近縁種間で極めて類似している可能性が高い。亜社会性ツチカメムシ類においては、親と胚の間で振動や動きなどの物理的刺激を介した双方向性のコミュニケーションシステムが構築されていると予想される。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
平成27年度は、当初計画した通り、フタボシツチカメムシの胚の動態を詳細に観察することで、雌親の振動行動を誘起する胚由来の物理的シグナルが特定された。さらに、近縁種ミツボシツチカメムシとの卵塊のクロスフォスター実験により、胚や雌親の物理的シグナル、並びに孵化を誘導する親-胚間のコミュニケーションシステムが、亜社会性ツチカメムシ類全般に獲得されている可能性が示された。今後、近縁種間での系統比較を進めることで、胚や雌親のシグナル及び感覚受容システムの前適応的形質とその獲得背景を類推が可能となるであろう。 これらの成果は、2編の原著論文として出版され、国内外における6つの招聘講演を含む10つもの一般講演の場にて発表された。さらに、サイエンスカフェでの講演や一般商業誌への執筆掲載も積極的に受け、社会及び国民に広く発信された。以上のことから考慮しても、本研究課題は、当初の計画以上に進展していると考える。
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今後の研究の推進方策 |
平成28年度は、亜社会性ツチカメムシ類の胚におけるコミュニケーション能力の獲得背景の解明を目指す。野外調査により主要な捕食者を特定し、捕食者の接近に伴う振動などの物理的刺激を測定する。胚の孵化を誘導する捕食者由来の刺激を特定する。また、これらの刺激が雌親の防衛行動としての振動行動を誘起するかを明らかにする。野外調査は国内外(国内:2016年4月下旬から6月中旬,8月下旬;佐賀県,大分県,沖縄県等,国外:2016年6月下旬;スロベニア等)で幅広く実施し、亜社会性ツチカメムシ類各種が曝される捕食圧環境を明確にすることで、親-胚間コミュニケーションにおいて利用されるシグナル及びシステムの前適応形質を詳細に検討する。 さらに、昆虫における胚のコミュニケーション能力の普遍性を明らかにするためには、カメムシ目と遠縁の種でも確認する必要がある。フタボシツチカメムシのように卵塊を作成し一斉孵化するトノサマバッタ(バッタ目バッタ科)等他の分類群も観察対象に加え、胚の動態の観察を網羅的に進めていく。
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次年度使用額が生じた理由 |
平成27年度に、卵内における胚の動きを観察するために実体顕微鏡を購入したが、詳細な検討の結果、当初予定していたよりも僅かに安い金額での購入が可能となったため、差額として未使用額が生じた。
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次年度使用額の使用計画 |
平成27年度には、胚の動きに伴う物理的刺激を定量化するためにディジタル変位計を購入する必要があったため、その分飼育用品などを十分購入することができなかった。このため、未使用額は、プラスチック製飼育容器や脱脂綿などを購入する経費に充てることにしたい。
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