研究課題
組織幹細胞の一つである筋芽細胞は骨格筋の発生に寄与するとともに筋損傷時の再生も担っており、その機能低下は加齢やがんなどの疾病に伴う筋委縮の一要因となっている。近年の研究により、筋芽細胞は細胞内の物質代謝に応答して増殖と分化を制御していることが明らかになりつつある。申請者は、筋芽細胞の機能維持に必須なホルモンであるインスリン様成長因子(IGF)の作用を調べる過程で、IGF-I受容体キナーゼの基質であるインスリン受容体基質IRS-1が細胞内の代謝活性に応じてアセチル化されることでIGFシグナルが調節されていることを発見した。本研究では、筋芽細胞内で起こる代謝変化の情報がIRS-1のアセチル化としてIGFシグナルに統合され、筋分化が達成されることを証明することを目的とした。本年度は、筋芽細胞においてIRS-1のアセチル化の変化を引き起こすアセチル化酵素と脱アセチル化酵素を特定した。(1)代表的なアセチル化酵素について、過剰発現や発現抑制を行い、IRS-1をアセチル化する酵素を探索した結果、CBPとp300がIRS-1の主要なアセチル化酵素であることが明らかとなった。(2)IRS-1を脱アセチル化する候補分子として、NAD+に依存的な脱アセチル化酵素SirTファミリーについて過剰発現や発現抑制などの詳細な検証を行ったが、いずれもIRS-1に対する脱アセチル化活性は見出せなかった。しかし、別のクラスの脱アセチル化酵素HDACについて同様の解析を行ったところ、IRS-1を脱アセチル化する唯一の酵素としてHDAC6を同定することに成功した。さらに、HDAC6はIRS-1と結合し、CBP/p300が触媒するアセチル化と拮抗してIRS-1を脱アセチル化することを見出した。以上の研究から、筋分化過程ではCBP/p300とHDAC6が協調的にIRS-1のアセチル化を制御していると考えられた。
2: おおむね順調に進展している
本年度の研究により、筋芽細胞内におけるIRS-1のアセチル化の制御について、詳細な分子機構を明らかにすることができた。また、骨格筋組織から筋芽細胞を単離し、レンチウイルスを用いてアセチル化酵素や脱アセチル化酵素を過剰発現あるいは発現抑制して、筋芽細胞の機能を評価する実験系の準備も整えることができ、研究はおおむね順調に進展していると判断した。
本年度の研究により、筋芽細胞内においてCBP/p300とHDAC6が協調してIRS-1のアセチル化レベルを制御していることが明らかとなった。しかしながら、筋分化移行期にIRS-1が脱アセチル化される分子機構や、IRS-1のアセチル化がどのように筋芽細胞の分化能を調節しているかは不明である。そこで、今後は筋分化過程におけるCBP/p300やHDAC6の発現量やIRS-1に対する結合量、細胞内アセチルCoA量に焦点を当てた解析を行うことにより、アセチル化IRS-1の変動を制御する分子機構を解明する。また、筋芽細胞株の分化誘導系とマウスの筋再生モデルを使って、IRS-1のアセチル化の変動が筋芽細胞の機能に果たす役割を明らかにする。その際、CBP/p300とHDAC6の過剰発現や発現抑制に加えて、アセチル化部位を置換したIRS-1変異体を用いることで、アセチル化IRS-1が筋芽細胞の増殖や分化能に与える影響について、細胞レベルおよび個体レベルで検証する。
すべて 2015
すべて 雑誌論文 (2件) (うち国際共著 1件、 査読あり 2件、 オープンアクセス 1件、 謝辞記載あり 1件)
The FEBS Journal
巻: 282 ページ: 987-1005
10.1111/febs.13213
Frontiers in Endocrinology
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10.3389/fendo.2015.00073