研究課題
本研究は、カイコ濃核病ウイルス1型の感染に対して、独立に完全抵抗性を示す2種類の遺伝子Nid-1とnsd-1を単離することと、それらの作用機構を調査することで、昆虫病原性ウイルスに対する宿主昆虫側の抵抗性機構の解明を目指している。2年目は、Nid-1の原因遺伝子の特定を目指した。これまでの研究により、Nid-1候補領域をカイコゲノム上の約260 kb内に限定することに成功し、その中に11個の予測遺伝子が存在することを明らかにしている。そこでこの11個の遺伝子について、Nid-1系統(No. 908)とNid-1をもたない標準系統(C108)間で、1.ウイルスの感染組織である中腸での候補遺伝子の発現の有無、2.候補遺伝子の完全長cDNA配列の比較、3.定量的PCRを用いた候補遺伝子の発現量の比較、4.候補遺伝子のアノテーションを行った。その結果この中の一つの遺伝子において、No. 908とC108間でORF内に1塩基の多型が存在することがわかった。さらにこの塩基多型は、アミノ酸置換を引き起こしており、両系統間で異なるタンパク質が翻訳されていることが予測された。また、カイコの遺伝子データベース上に登録されている標準系統(p50T)由来の本遺伝子の塩基配列も、C108のものと同じであった。このことから、本遺伝子をNid-1の候補遺伝子と考えた。次に、この遺伝子の組織別および発育ステージ別の発現を調査したところ、多くの組織かつ様々な発育ステージにおいて発現が確認された。なかでも組織では、脳、後部絹糸腺、精巣、卵巣で、発育ステージでは、卵の時期で高発現していた。さらに、見つかったNid-1候補遺伝子がどのようなタンパク質をコードするのかを、NCBIデータベース検索により調査した。その結果、Nid-1候補遺伝子は、鞭毛内輸送タンパク質をコードしていることが明らかになった。
2: おおむね順調に進展している
Nid-1の抵抗性機構の解析と原因遺伝子の特定を目指し、初年度は、ウイルスを感染させたNid-1系統の中腸を用いたトランスクリプトーム解析を行い、ウイルス接種区と非接種区間で変動する発現遺伝子を網羅的に明らかにした。このデータに関しては現在アセンブリーを進めている段階であるが、ウイルス接種および非接種区間で発現パターンが異なる遺伝子を数多く見つけ出すことに成功している。そこで、これらの遺伝子が約260 kb内に絞り込まれているNid-1候補領域内またはその近傍にマップされるのかについて、現在さらなる解析を進めている。また2年目は、Nid-1候補領域内に存在する11個の予測遺伝子について、Nid-1系統とNid-1をもたない標準系統間での比較解析を進めた。その結果、ORF内にアミノ酸置換をもつ有力な候補遺伝子の特定に成功した。この遺伝子の組織別および発育ステージ別の発現を調査したところ、ユビキタスに発現していることがわかった。なかでも特に脳、後部絹糸腺、精巣、卵巣および卵の時期で高発現していることをRT-PCRおよび定量的PCRによって明らかにした。また、データベース検索による機能予測を行ったところ、本遺伝子は鞭毛内輸送タンパク質をコードすることが予想された。現在までの進捗状況としては、ウイルス感染の有無によって発現変動する遺伝子を明らかにしたこと(1年目)と、Nid-1の候補遺伝子を発見したこと(2年目)から、おおむね順調に進行していると判断している。
これまでの研究成果により、ウイルス感染の有無によって発現変動する遺伝子を明らかにし、さらにNid-1の候補遺伝子も発見した。よって、今後の研究の推進方策は、まずは、Nid-1の候補遺伝子に関して、Nid-1をもつ系統ともたない標準系統の数を増やして候補遺伝子内のアミノ酸置換を調査し、本当にこの鞭毛内輸送タンパク質をコード遺伝子がNid-1の候補となり得るのかを明らかにする。そしてこの配列の比較解析によってアミノ酸置換が重要だと判断できた場合は、標準系統にNid-1系統がコードする候補遺伝子を導入したトランスジェニックカイコを作出し、これを用いたウイルス接種試験を進める。最終的に、この相補検定によって、Nid-1の原因遺伝子の特定を行う。また、トランスクリプトーム解析により得られたウイルス接種区と非接種区間で変動する発現遺伝子群の比較解析を進めることで、ウイルス感染に重要な遺伝子群も明らかにする。その際、これらの遺伝子の中に、今回発見したNid-1の候補遺伝子が含まれるのかどうかについても調査する。また、もう一つの抵抗性遺伝子であるnsd-1については、計画しているバキュロウイルスディスプレイシステムを用いたアッセイ系を立ち上げ、nsd-1遺伝子産物を発現させた発芽ウイルスを構築し、これと精製した濃核病ウイルス粒子とを混和し、両者の結合の有無を調査していく。
当初の予定よりも次年度の実験では消耗品を多く使用する見込みとなったため、今年度の予算の一部を次年度に使用することとした。
培養細胞を用いた実験系の立ち上げのため、滅菌済みの消耗品を多く使用する。また、得られた成果を発表するため、英語論文投稿に関わる費用としても使用する。
すべて 2017 2016
すべて 雑誌論文 (3件) (うち査読あり 1件、 謝辞記載あり 1件) 学会発表 (2件) (うち国際学会 2件) 図書 (1件)
昆虫と自然
巻: 51 (4) ページ: 31-33
巻: 51 (5) ページ: 32-34
J Insect Physiol.
巻: 91-92 ページ: 100-106
10.1016/j.jinsphys.2016.07.004