本研究では、過疎高齢化が深刻化する中山間集落を対象として、地域固有の伝統的な生態学的知識(traditional ecological knowledge:TEK)に基づく植物資源利用がもたらす生態学的価値および社会的価値を明らかにし、地域の生物文化多様性の一体的な保全に向けたTEKの役割を評価することを目的としている。これまでの研究から、知識や利用経験が消失しやすい資源植物に共通する種特性が明らかになり、地域の生物多様性を代表する生態系ほど資源植物の供給力が高いことが示された。3年目には、伝統的な土地利用形態が異なる地域間(棚田が卓越する地域、焼畑が盛んに行われていた地域、畜産業が盛んな地域、等)での植物資源利用と地域を代表する景観との関係性を比較し、地域間での一般性の検証を行った。TEKが残存しやすい食文化に着目して評価を行った結果、棚田景観のように地域の生物多様性を代表する生態系から食文化に関わりの深い多様な食材が供給される傾向が認められた。また、食材として活用される資源植物の種類は、日常食よりも行事食で多かった。これらの結果は、伝統的な食文化を介した生態系の活用が地域の生物多様性の保全だけでなく文化多様性の維持にもつながりうる可能性を示しており、食文化に関連するTEKを活用した生物文化多様性の一体的な保全の可能性が示唆された。今後は、過疎高齢化が進む中山間集落だけでなく、都市化に伴う景観変化過程が異なる様々な里山を対象とすることで、本研究から得られた結果の妥当性や地域的な特異性を検証していく必要がある。
|