研究課題/領域番号 |
15K18862
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研究機関 | 名古屋大学 |
研究代表者 |
中澤 志織 名古屋大学, 理学(系)研究科(研究院), 助教 (40748414)
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研究期間 (年度) |
2015-04-01 – 2017-03-31
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キーワード | 受精 / ホヤ / 精子 / 卵外被 / ライシン / 自家不和合性 / プロテオミクス |
研究実績の概要 |
受精において卵外被 (卵細胞を覆うタンパク質性の膜)は、多精や異種精子の融合を防ぐ堅牢な防壁であり、また自家不和合性を示す種においては自己非自己認識の場としても機能する。受精の成立にあたり、精子の頭部には、適切な相手 (の卵外被)を識別し、さらに卵外被を突破する機構が必要であり、それらを解明することが受精を理解するうえで重要である。 本研究では、受精に至るまでの様々な障壁を乗り越える精子の頭部に備わった機能を解明することを目標に、主にカタユウレイボヤの精子頭部タンパク質の解析を行っている。カタユウレイボヤは、配偶子の入手が他の動物に比べ特に容易で、供給体制も確立されているため、動物の受精機構の解明に最適である。受精に関与する精子側因子は、はじめから精子表面に露出されているか、卵との接近に伴い精子表面に露出される、あるいは精子から放出されると考えられる。まず、寄与しうる分子を網羅的に把握する目的で、精子反応によって放出されたタンパク質と、細胞膜不透過標識とアフィニティー精製で濃縮されたタンパク質を採集し、プロテオーム解析を行った。さらに、自己非自己認識因子として同定されながら、タンパク質レベルでの検出が困難なため機能が検証されていないs-Themisの検出への試みと、カタユウレイボヤ卵外被溶解への関与が提唱されているが未決着であるユビキチン―プロテアソーム系 (UPS)の受精への関与の解析も行った。 s-Themisについては大量調製とさらなる分画の末、質量分析でs-Themis由来の可能性が高いペプチドの検出に成功した。プロテオーム解析では、受精への関与が報告されていない多数の未知分子が検出され、特にその中で特定のドメイン構成を共有していた一群の分子については、阻害薬を用いた実験の結果から有望な受精関連因子候補と判断し、より詳細な機能解析に着手した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
・卵外被との結合または卵外被への穿孔形成に直接関与しうる精子タンパク質の候補として、カルシウムイオノフォアにより誘起された精子反応の前後で、精子から放出される分子と、細胞膜不透過性標識で標識される分子を網羅的に同定した。ドメイン構成から配偶子相互作用への関与が見込まれる分子も多数同定され、今後の受精機構解明への有望な手がかりを残すことができた。 ・精子表面タンパク質濃縮画分を大量調製し、SDS-PAGEとLC/MSによる分析を行い、s-Themis由来の可能性が高いペプチドの検出に成功した。これはs-Themisのタンパク質の存在を支持する初めての証拠である。 ・細胞膜透過性のプロテアソーム阻害薬MG-132とbortezomibの存在下で媒精を行うと、卵割達成率が減少することを確認した(澤田ら1998の再現)。しかし、卵だけまたは精子だけを阻害薬で前処理して媒精すると、非共有結合性のMG-132では効果が見られず、共有結合性のbortezomibでは卵を前処理した場合のみ卵割達成率減少が見られた。また、薬剤無しで媒精後、阻害薬に曝露した場合も、卵割達成率減少が見られた。また、ポリユビキチン鎖に取り込まれプロテアソームを阻害するユビキチン類似体UBB+1の存在下で媒精を行っても、受精阻害は確認されなかった。以上よりカタユウレイボヤにおいては、プロテアソーム阻害薬による卵割達成率減少は受精阻害ではなく卵割阻害に過ぎず、また受精に精子による卵外被ユビキチン化は必要無いことが判明した。 ・表面タンパク質濃縮画分にastacin様メタロプロテアーゼ群が多いことを見出した。汎メタロプロテアーゼ阻害薬GM6001が受精を阻害したことから、これらの分子はUPSに代わる新たな候補因子として有力である。 順序は前後したものの計画は進んでおり、一部の仮説には否定的な結果が出つつあるが、それに代わる新たな因子を見出した。目的に向けて研究は順調に進行していると言える。
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今後の研究の推進方策 |
今後もカタユウレイボヤを中心に、自己非自己認識因子候補s-Themisの解析のための基盤の確立と、卵外被への結合と穿孔形成に寄与しうる分子の機能のさらなる検証を推進したい。カタユウレイボヤ精子の卵外被分解に対する細胞外UPSの関与について深く追及する計画だったが、細胞外UPSよる卵外被分解に否定的な情報が集積されるとともに、新たな候補因子astacin様メタロプロテアーゼ群を見出したことから、卵外被の通過機構に関してはastacin様分子群に焦点を移すことにした。 これまでに汎メタロプロテアーゼ阻害薬存在下で受精が阻害されることを見出しており、いずれかのメタロプロテアーゼが受精に不可欠であると見込んでいる。しかしメタロプロテアーゼ阻害薬は標的選択性に乏しく、阻害薬だけでは受精阻害効果の作用点の特定が難しい。そこでastacin様分子群の関与の詳細を明らかにすべく、抗体を用いた阻害実験、リコンビナントタンパク質による競合実験、およびノックアウトの準備を進めている。 自己非自己認識機構については、免疫学的手法による内在性s-Themisの検出に依然成功していない。s-Themis REJドメインのリコンビナントタンパク質はウェスタンブロッティングで検出されること、SDS-PAGE後のゲルからs-Themisらしきペプチドが検出されたことから、抗体の性質よりs-Themis特有の物性に原因があり、問題点は電気泳動以外の過程にあると考察している。原因として翻訳後修飾位置がエピトープと重複している可能性が考えられ、また機能への影響も強いと想定されるため、翻訳後修飾の解析が重要である。s-Themis自体の存在量が質量分析の感度に対して非常に少ないことが判明したため、さらに1けたスケールアップしたうえでより高い分離能での精製を行い、純度と含量を向上させ、LC/MSでの部位特異的糖鎖分析に再挑戦することで解決を図る。
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次年度使用額が生じた理由 |
物品を購入しようとしていたが、発注手続きが締めに間に合わなかった。
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次年度使用額の使用計画 |
次年度開始後に、予定通り購入を果たした。
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